こんばんは、卵屋です。
「予後予測には経験が必要だ。」
この言葉は理学療法士ならば誰でも一度は聞いたことがあるのではないだろうか。
さてこの主張は正しいであろうか。さらに主張の真偽とは別に「本来どうあるべき」であろうか。今回はそんなお話。
予後予測に経験は必要か?
初めに私の立場を言っておくと、私は冒頭の主張は正しいと思っている。つまり経験が必要だと思っている。そして本来はそうじゃない方が、つまり経験を要しない方がいいと思っている。
まとめて言い換えると、「予後予測は本当は経験に関係なく出来る方がいいが、経験が必要だ」と思っている。
なぜそう思うのか、一つずつ順を追って説明していく。
まず、ここでいう「予後予測」とはどういうものかを整理する。
例えば脳梗塞発症後1か月、あるいは大腿骨頚部骨折術後3週間の患者さんを担当したとする。この患者さんが1か月後に、2か月後に、あるいは病院を退院するときにどれくらいの歩行能力になっているかをその時点で予測する。こういうものをここでは「予後予測」と呼ぶ。理学療法界でもおおよそこの使われ方をする。
では、そもそも予後予測とはどういう過程を経て可能になるのか。そしてなぜ経験が必要なのか。当たり前のように捉えられているこの主張を、現役理学療法士の頭の中をオープンにするとともに解説していく。
なお、ここからの話はまったくの私見であることをご了承願いたい。
予後予測の考え方
予後予測の概要
さて、今から少し極端な例の話をする。
話を分かりやすくするために「脳梗塞」という病気が今まさに誕生したとする。
人類にとって「脳梗塞」とはどんな経過をたどるかまったくの未知の病気である。
そんなときにどうやって予後予測というものが出来上がっていくのか。その過程を考えてみる。
以下の図を見てほしい。
横軸に初期ステータス、縦軸に退院時能力をとるグラフを考える。
初期ステータスとは、例えば、「年齢」、「運動麻痺の程度」、「立位能力」、「非麻痺側下肢筋力」、「認知症の有無」…など、初期評価時の状態を指す。どの項目を選定するのか、何をもって「良い・悪い」とするのかなどは一旦置いといて、ここではざっくりと初期の状態を横軸に取るということを意識してほしい。
ある理学療法士が人類にとって初めての脳梗塞患者Aさんという患者さんを担当した。
Aさんは一所懸命リハビリをしてある状態で退院を迎えた。するとある理学療法士の頭の中では図のようにグラフの1点にプロットされる。
この段階では理学療法士は一人の患者さんを担当して退院までの経験をしたに過ぎないため、まったく同じ初期ステータスの患者さんを担当でもしない限り予後予測なんてできない。次に来る患者さんがどういう経過をたどるかなんてわかりっこないからである。(難しく言うと「予測線がどんな傾きをとるかわからないから」である)。
次にBさんという2人目の脳梗塞患者さんを担当した。そしてBさんも同じようにリハビリをしてある状態になって退院した。すると理学療法士の頭の中では同じように図の点でプロットされることになる。
さて、AさんとBさんという二人の患者さんを経験したことによりグラフの中に2点が出来上がった。するとここで初めて線が引けるようになった。
いやはやこれは人類にとって大いなる進歩である。広義にとらえた場合、これが「予後予測」誕生の瞬間である。
なぜなら、次にCさんという患者さんが図のような初期ステータスを持って入院してきた場合、
Aさん、Bさんの経験上、Cさんもこの線上に乗るのではないか?という予測ができるようになるのである。つまり退院時にはおそらくこれくらいの能力になっているのではないか?と予測をすることができる。これがまさに「予後予測」である。
色んなことを簡略化して極端に捉えた場合、予後予測とはこういった営みのことを言う。
こういった過程を経て出来上がっていくという寸法だ。
もう少し話を進める。
さてさて、この予測は見事に的中するだろうか。どんな初期ステータスを持った患者さんを担当してもこの線上に収まってくれると完璧な予後予測が可能になる。理想の予後予測である。
しかし、そんなうまくいかないのが、「人体」、「病気」の難しいところ。きれいに予測した線上にCさんが着地するなんてことは奇跡に近い。
実際はこのように線から外れたところにCさんが着地するのが世の常、現実というものだ。
すると過去2例から導かれたこの「予測線」はどうなってしまうのか
図のように3例の間をとったような傾きに修正されることになる。これを近似曲線という。
患者数が増え、この過程を繰り返していくことで、その都度直線の傾きが修正され精度が増していく。
その結果このようなグラフが出来上がり、こういったデータを基に新規の脳梗塞患者さんの退院時能力を予測していく、これが予後予測の概要である(必ずしも直線であるとは限らないが話が長くなるのでここでは割愛する)。
予後予測の詳細
さてさて、ここらへんでそろそろ疑問が湧いてくる。
「『初期ステータス』って何でもいいの?」
そう、これこそが「予後予測」の肝である。
このような最もきれいなグラフが描ける「初期ステータス」を見つけることこそが予後予測をする上で最も大事で最も難しいところ。日々偉い先生たちが研究に励んでくださっているという訳だ。本当に頭が下がります。
例えば「年齢」を初期ステータスに選択すると、精度に差はあれど先のグラフと似たようなグラフが描けるということが分かっている(若い人ほど予後は良く、高年齢の人ほど予後は悪い)。先人たちが築いてくれた人類にとって貴重なデータである。
では例えば、「爪の長さ」なんかはどうだろうか。脳梗塞患者さんが入院してきたときの爪の長さを測り、それと退院時の動作能力との関係を調べてみるとおそらく以下のようにバラバラな散布図になるだろう。
そう脳梗塞患者にとって「爪の長さ」と「動作能力」の相関関係なんてないに等しいからである(極端な例として適当に作っています。万が一相関があるというデータがあれば教えてください。)。
このように初期ステータスに選ぶ項目が何でもいい訳じゃないことが分かる。
じゃあ非麻痺側下肢の筋力は?認知症の程度は?起き上がり能力は?…など、どの項目を対象にすると最もきれいなグラフを描けるか、それを見つけ出すことが予後予測の肝なのである。また単一の項目だけでなく複数の項目を掛け合わして検証することもある。その代表といってもいい研究が理学療法士なら誰もが知っている1982年に書かれた二木立先生の論文である。皆一度は読んだことがあるのではないだろうか。
予後予測に経験が必要な理由
さてさて、このような考えで行われる予後予測。
冒頭のテーマに話を戻すと「予後予測には経験が必要か?」と「本来どうあるべきか?」だった。
後者の「本来どうあるべきか?」については、ここまでの話にあったように、研究によって100%の的中率を叶えられる予後予測方法(つまり初期ステータス)が見つかれば、経験など関係なくその研究結果を基に誰でも予後が予測できる世界が訪れる。これが「本当は経験に関係なくできる方がいい」とした理由である。
だが、もちろんそんな方法は未だに存在せず、未来永劫100%の精度なんて不可能だと思っている。
また、当たり前だが病気は「脳梗塞」だけではない。「大腿骨頚部骨折」「脊髄損傷」「肺炎」など理学療法士が関わる怪我・病気・疾患は多岐に渡る。さらに当然ながら複数の疾患が合併していることがほとんど。そのどれをとっても予後予測データが存在しコンピューターに初期ステータスを入力すると、ピコーン!と退院時能力がはじき出されでもしない限り全てを研究の結果だけを頼りに予測することはできない。
だから!だからこそ「経験も必要」という結論に至る。
文献的考察に加え、上記の流れを(少ない数ながら)自分の経験の中で繰り返し「予測線」の精度を高めていく。その結果として「おそらくこれくらいだろう」と予測をする、これが現実の世界での予後予測方法となっているのである。
(誤解のないように、基本的には文献を調べて予後を予測することが大前提であることを付け加える。)
脳卒中患者さんの予後予測
最後にこれまで脳卒中患者さんをいくらか担当してきた私が、初期ステータスのどの項目に重きを置いて予測をしているかを発表する。
文献的な情報と自身の経験をミックスさせた項目であるが、あくまでも私見であることをご承知願いたい。
- 年齢(70代と80代の違いは大きい。)
- 入院時の端座位保持能力(回リハ入院時点で端座位が取れていると予後は良い。)
- 認知機能(例えばリハビリ拒否により反復した運動が実施出来ないことは大きなマイナス因子となり得るし、またエラーをエラーと感知出来るかといった点も運動を学習していく上で大きなポイントとなる。総じて認知機能が高い患者さんほど予後は良い。)
私はこれらの初期ステータスに重きをおいて予後を予測する。
他の理学療法士さんの意見も聞いてみたい。
さいごに…
言うまでもなく予後予測は「予測」であってそれで全てが決まるわけではない。
「予後不良」と判断した場合でも、良い意味で予測が外れてくれることを期待しながら全力で理学療法に臨む。その結果、自分が当初思っていたよりも大幅に回復・改善して退院される患者さんもたくさん見てきた。
あきらめちゃいかん。患者さんも療法士も。
日々進化する医療技術。リハビリ領域も確実に進化してきている。リハビリの可能性は無限大だ!
今回は予後予測について考えてみました。ありがとうございました。
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