さて、今回は前回に記事にしたSpO2の落とし穴に落ちないために重要なポイントの続きになる。
前回は測定誤差について述べた。ただ、それだけでは前回の冒頭に記載した問題文に答えることはできない。
そこで今回は、残りの2つのポイントについて述べていきたいと思う。
それでは、前回提示した問題について、再掲示する。
あなたは76歳の慢性呼吸不全の患者を担当しています。安静時のSpO2は酸素1L投与にて98%を維持しており、呼吸数も15回/分と安定しています。酸素1L投与のまま歩行訓練を開始した瞬間にSpO2が88%に低下したため、一旦立ち止まりました。患者の様子は特に変化がありません。
問題:上記場面に遭遇した際に、あなたが次にとるべき行動として最も誤っているものを答えよ。
1.酸素投与量を増量する.
2.呼吸数を確認する.
3.プローブの装着部位を確認する.
4.自覚症状を確認する.
5.脈拍を測定する.
ちょっとは問題の意図が読めてきただろうか。
それでは進めていこう。
SpO2のタイムラグ
GW対応の際に、他スタッフの代行として重度の脳梗塞患者の理学療法を実施すべくベッドサイドに訪れた。この患者は誤嚥性肺炎を合併していたこともあり、痰が多く酸素投与中であった。
意識レベルとしては、声かけにて僅かに開眼する程度で意思疎通は取りづらい。ひとまずベッドサイドにてROM訓練を行いながら状態を確認することにした。
ROM訓練中も口から痰が絡む音がする。「座位にして排痰でも促すか」と考えていたところ、突然痰が絡む音が消えた。ただ排痰された様子もない。
患者の顔を見て、私は即座に緊急コールを鳴らした。その直後から98%とあったSpO2が95%、92%、90%、88%と徐々に低下していった。
看護師が到着したと同時に、患者の口か大きな呼気が漏れた。看護師は手際良く吸引を行い、多量の痰を吸引した。吸引が終わる頃、SpO2は95%まで回復しており、駆けつけた看護師は何事もなかったかのようにナースステーションに戻って行った。
いきなり何の文章なんだと思ったかもしれない。
この話は私が実際に臨床場面で体験した出来事である。
休日でスタッフも少なかったことから、かなり焦った記憶がある。
なぜここで私の過去の冷や汗をかいた経験を持ち出してきたかだが、別に重度脳梗塞患者は痰づまりリスクが高い!や、有事の際は早急に応援を呼びましょう!と言いたい訳ではない。
痰によって窒息した後のSpO2の推移について注目してもらいたいからである。
私の体験と同様に、仮に目の前の人間が今窒息したとする。この瞬間にSpO2を測知すると、数値上は正常値を示すだろう。
なぜかというと、窒息した瞬間における測定部位の動脈血は、まだ酸素が十分に含まれているからだ。
窒息することにより、動脈への酸素の受け渡しがストップするとする。この窒息により酸素が受け渡されなかった血液が測定部位に到達することによって、初めてSpO2が低下したと判断できるようになる。
これに関して、以前用いた回転寿司の例えを用いて説明していこう。
正常であれば、流れてきた皿に板前が寿司を乗せていく作業が呼吸である。板前が絶え間なく寿司を乗せていくことによって、客には寿司が絶えることはない。
とあるトラブルにて寿司が急に無くなってしまったとする。この瞬間に客の前のレーンを見ると、まだ寿司は絶え間なく流れてきている。
これは、トラブル前に板前が寿司を乗せたものが、客の前に流れてきているだけだ。
ただ、それでもいつかは寿司が乗っていない皿が流れてくることになる。
SpO2は末梢で測定することから、回転寿司の例では客に近いレーンにある寿司の乗った皿の割合を指す。
つまり、何かの事象により酸素化が悪化した(寿司がなくなった)としても、それがSpO2の数値として反映されるまでは、タイムラグが生じることになる。
ゆえに、酸素化の低下を来たすようなイベントが発生したとしても、SpO2は一定時間正常値をとる。
このタイムラグに関して、文献的には部位によって差はあるものの、おおよそ40秒〜1分ほどとみてよいだろう。
これは完全に私の経験則になるのだが、COPDの人が歩行開始してSpO2が下がるまでに1分30秒ほどラグがあり、先ほどの痰詰まりで窒息した方で40秒ほどのラグがあったように記憶している。
言われてみれば何のことない話であるが、臨床場面では理解していないスタッフが多い印象である。
さて、ここで冒頭の問題を考えてもらおう。
問題文を読むと、この症例は歩行開始してすぐにSpO2が低下したと記載がある。疾患としては慢性呼吸不全ではあるが、果たしてこのSpO2の低下は呼吸器の問題によるものなのだろうか。
SpO2低下のイベントとしては、歩行後に発生しているわけではあるが、自覚症状としても明らかではない。また上述の様に、仮に歩行訓練によって酸素化の低下が起こったとしても、SpO2の低下として反映されるにはタイミングが早や過ぎると考えられる。
確かにSpO2と呼吸苦が比例しない症例はいるものの、SpO2の低下が歩行による酸素化の低下を反映しているとなると合点がいかない所が多い。
ゆえに、このSpO2の低下は、歩行開始に伴う体動による問題か、測定部の問題が大きいと考える方が合理的だろう。
以上より、症状の確認は必須なものの、SpO2の低下という現象のみで酸素流量を増やすのはナンセンスであり、この問題の答えは①となる。
この様な場面は臨床において本当によく遭遇する。中には、”歩いた瞬間にSpO2が下がる→休んですぐに酸素投与する→SpO2が上昇する”といった流れにおいて、歩行時には酸素投与が必要と結論づける医療従事者も多い。
…… やはり基礎医学に基づく推論は重要である!
当たり前ではあるが、実際の酸素化悪化から数値としてのSpO2の低下に時差が生じるのと同様に、酸素投与からSpO2上昇についても時差が生じることになるため、二重の意味で残念なアセスメントだ。
動いてSpO2が下がる、また酸素投与してSpO2が上がるといった現象をみると、感覚的に酸素が必要という考え方になるのはわからなくもない。ただ、この認識であれば素人と同じになってしまう。
やはり、医療従事者として差別化を図るのであれば、生理学に基づいたアセスメントが重要であると思う。
もしあなたが、生理学が苦手だ!と思うのであれば、このブログをウオッチしてもらうと、日々の臨床での応用の仕方が学べるはずなので、今後も注目して頂きたい。
SpO2は、実際にイベントが発生したとしても、それが数値に反映されるまでにタイムラグが生じる。
これが、SpO2の落とし穴に落ちないためのポイントその2である。
呼吸数とSpO2について
最後に、SpO2と呼吸数について考えてみる。
呼吸状態が悪い患者のモニタリングについて、第一選択として、SpO2がよく用いられるが、果たしてこれは正しいだろうか。
状況によりけりではあるが、SpO2が呼吸数の代替手段になり得るかという問いについては、NO と言える。少しずつ説明していこう。
COPDなどの呼吸器疾患患者に関わったことがある方なら周知のことだろうが、歩行や階段昇降によって徐々に患者のSpO2が低下することがある。
この現象について、健常人なら驚くだろうだが、呼吸器疾患がある患者なら特に疑問にも思わないだろう。
一方で、運動量を強めてみた場合を想定して考えてみよう。
呼吸器疾患患者は置いとくとして、健常人が極めて激しい運動を行なった場合、例えば全力疾走した場合は、呼吸器疾患患者のように労作時のSpO2低下は出現するだろうか。
この答えは、”低下しない” である。
運動に伴い、安静時よりも酸素が多く必要となるため、特に骨格筋に対して適切な量の酸素を運搬する必要がある。
この酸素運搬には呼吸のみでなく循環の影響も大きく、これらと骨格筋を合わせることにより、持久力の目安である酸素摂取量が決まる。(ワッサーマンの歯車)
正常における呼吸と循環の関係性であるが、実は循環に比べて呼吸の方が余力が大きいとされている。
何人たりとも全力で運動を行うと、酸素消費が酸素供給を上回ってしまい、どこかで限界を迎えてしまうのだが、上記のように、呼吸の方が余力が大きい分、激しい運動の場合時には循環が先に限界を迎えることになる。
先の例で言うのであれば、客の需要がいくら増えようとも寿司の数には余力はあるが、皿の数やレーンの回転速度が限界を迎えてしまうというイメージだ。
この場合、SpO2は寿司の乗った皿の割合を指すため、寿司(呼吸)に余力があるのであればSpO2の低下は起こらない。これは全力疾走の時も同様だ。
逆にCOPDなどの呼吸器疾患患者においては、この寿司を調達する余力が低下してしまうため、客の需要が増えた際に対応できなくなり、徐々に空の皿の割合が増えることとなる。
つまりSpO2の低下が出現する。
上記を踏まえて、SpO2が低下しないのであれば呼吸は問題ないと判断することはどうだろか。
改めて全力疾走をした際を想像してみてほしい。この時SpO2は正常ではあるが、果たして呼吸状態としては正常といえるか?
当たり前の話だが、呼吸は激しくなっており、息苦しさでもう走りたくないと感じているかもしれない。ゆえに、これは異常な状態ともいえる。
そもそも、SpO2の低下は酸素化が悪化することを意味し、動脈に必要な酸素が含まれていないことになる。
実際の身体は、運動などの酸素需要の上昇に対して供給量を上げて酸素化が悪化しないように反応する。
つまり、酸素化が悪化することは、呼吸のキャパオーバーを意味しており、呼吸数での代償が効かなくなったことを意味する。
時系列的には、呼吸数の増加→SpO2の低下となり、SpO2の低下の時点では、既に異常な状態を迎えているといえる。
ちなみに、院内での急変事例を検証した論文によると、呼吸数の増加が比較的早い段階で出現し、SpO2の低下は急変のギリギリのタイミングで出現したという報告もある。(下記論文参照)
参考文献:Lynn LA, Curry JP et al. Patterns of unexpected in-hospital deaths: a root cause analysis. Patient Saf Surg. 2011 Feb 11;5(1):3.
SpO2は簡便かつわかりやすい表記のため使いやすいものの、息切れはあるけどSpO2が下がっていないからOK!みたいな解釈はやめた方がよいだろう。
呼吸はSpO2のみでなく、呼吸数も含めて判断すべし!
これが、SpO2の落とし穴に落ちないためのポイントその3である。
今回のまとめ
今回はSpO2の落とし穴に落ちないための3つのポイント後編として、SpO2のタイムラグと呼吸数の重要性の2つのポイントついて述べた。
今までの流れによってSpO2について理解が深まったのであれば幸いである。
さて次回の記事で呼吸に関しては一区切りにしたいと考えているが、酸素供給についての内容にしたいと思う。
SpO2は90%ぐらいを下限に考えられているが、実際にそれで大丈夫なのかどうか
そもそも酸素が必要な理由や、どれくらい必要なのかについて、実際の数値を用いて説明してみたい。
個人的には、来週の方が面白いと思うので、今回の内容が参考になった方は、次回も楽しみにしておいてほしい。
それでは今回はこの辺で。
”たまに酸素なしだとSpO2が90%ギリギリなのに、酸素1L投与するだけで90%後半まで上がる人いるけどなんで?”
(´-`).。oO
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