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理学療法士の実習がうまくいかない理由

全理学療法士向け
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こんばんは、卵屋です。

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はじめに

医療系職種でない人にはなじみのない言葉かもしれないが、理学療法士になろうと思うと「実習」というミッションをクリアしなければならない。

これは理学療法士に限らず看護師やその他医療系の職種はどれもみな同じである。

 

さて、「実習」という言葉を聞いてどういうイメージを持つだろうか。

これは20年前に理学療法士になった人と最近理学療法士になった人とでは大きく異なるかもしれない。

世間一般ではあまり知られていないが、理学療法界においてこの「実習」は転換期を迎えている

2024年現在、理学療法士の実習は変わりつつある。正確には2020年入学生、彼らが臨床実習を受ける(3~4年生になる)2023~2024年から制度の上でも実習が変わった。その準備に向けて2020年くらいから各実習地で準備が行われてきた印象だ。

実習が変わってきた経緯はここでは割愛するが、まぁ一言に言ってこれまでの実習が「あまりよろしくなかったから」である。

仮に10〜20年前くらいの実習を「旧実習」、今の実習を「新実習」と呼んだ場合、私は旧実習を受けて理学療法士になったのだが、当時実習はしんどかった…。本当にしんどかった…、というか眠たかった。

このようなおっさんの「実習しんどかった自慢」は飲み会の鉄板ネタなので若い連中はぜひ注意してくれたまえ。

おそらく私のように旧実習を受けた理学療法士たちも、実習については「しんどい」「つらい」「眠たい」といった言葉を連想するのではないだろうか。

 

一方、新実習はそのあたりの「反省」をふまえて大きくやり方を変えた。

今の学生たちが新実習をどのように感じているか、受け手にまわったことのない私なんかは率直に聞いてみたい部分もあるが、指導側にまわっている今、明らかに変わったのだけは感じる。

そして私は基本的にこの流れに賛成の立場である。

「しんどい」
「寝れない」
「怖い」

実習を「そんなもの」と決めつけ、自分が受けてきた理不尽を、仕返しとばかりに次は自分が学生に味合わせる、途絶えることのないこの負のループは誰かがどこかで断ち切る必要があった。

それが今まさに変わりつつある。それは素直に喜ぶべきことだと思う。

一方で、もちろん全てが賛成ではない。旧実習にはあり新実習にはないやり方で残すべきだったと思うものもある。「度が過ぎなければ」必要な要素は確かにあった。

「ぬるい」
「甘い」
「身にならない」

と今の実習に異を唱える理学療法士の意見に共感する部分もある。

実習はどういうあり方が良いのか未だに私も悩みながら指導している現実がある。

 

さて、前置きが長くなった。

これら「旧実習」「新実習」の差についてはまたどこかで書こうと思うが、今回はその前段階の「理学療法士の実習」自体について考えを巡らせてみる。

タイトルに「うまくいかない理由」としただけあって、私は理学療法士の実習はうまくいっていないと思っている。

それはなぜかに答える形で考えを深めてみる。

 

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理学療法士の実習がうまくいかない理由

学問の問題

実習がうまくいかない1つ目の理由として「理学療法という学問の問題」が挙げられる。

これは医学全般におけることだが、いわゆる「正解がない」ということに起因する問題だ。

理学療法は「正解がない」学問

「評価」という側面では、Aさんの痛みの原因が、Bさんの歩けない原因が、Cさんの抱えている悩みが、DさんのHOPEが…明確に断定できる、絶対に突き止められる、そんな方法がある訳ではない。

「治療」というフェーズにおいても、Aさんの痛みをどうすれば和らげられるか、歩けないBさんがどうすれば歩けるようになるか、Cさんの抱えている悩みの解決方法、DさんのHOPEへの寄り添い方…これらが「絶対にこの方法」と一つに絞れるものではない。

明確な「正解」がない、言ってしまえばそんな曖昧な学問なのである。

これは理学療法の基礎になる「医学」あるいは「自然科学」自体にまだまだ分かっていないことが多すぎるからという問題と、理学療法という営みが「障害」をターゲットにする学問だからという2つの理由が関係する。

障害をターゲットにするということは、例えばIDHで整理した場合の各階層全てが解決の対象になり、「参加」の階層に近づくに連れ人(患者さん)それぞれの価値観が影響することになる。つまりAさんとBさんでまったく同じ症状(機能障害)であっても抱える悩みや理学療法に求めることはまったく異なることがいくらでも存在する。

この条件(状態)の患者さんにこのやり方をすれば誰でも同じ「結果」が返ってくる。そういう状況じゃないと「数学」と同じような「正解」を導き出すことは困難だ。

学問においてはこういった「普遍性」「再現性」を期待しており、その点理学療法はあまりにそのあたりが低い学問だと言えてしまう。
(お叱りを受けるかもしれないがお医者さんのように「病気」を対象にする方がまだ「答え」を導きやすいといえるのかもしれない…。)

正解がないと何がまずい?

さて、ではそんな「正解がない」学問の理学療法で実習という営みを行うと一体全体何がまずいのだろうか。

例えば「数学」という学問は「問題」があり「正解」がある。学校や塾では先生に問題を解く方法を教わり、生徒自身で答えを導く。

「理学療法」という学問、「実習」という場がこのような関係であればこの問題は生じない。

が、先述の通り理学療法という学問は常に「普遍的な答え」すなわち「正解」が出せる学問ではない。

すると、当然、指導者側もどのように指導するのが「正解」かが定められなくなる。

数学では、
先生「こうすれば『正解』に辿り着けるよ」
生徒「やってみます!」
先生「頑張って!」
生徒「できました!」
先生「よく出来たね!」
といった具合に出来ても、
理学療法では、
指導者「こうすればいいよ」
実習生「やってみます!」
指導者「頑張って!」
実習生「先生の言った通りになりません…」
指導者「…」
ということががいくらでも起こり得る。

これはそもそも「実習」というものに限らず「理学療法を教育する」という時点で生じる問題だが、実習の場ではさらにそれが色濃く反映される。

さて、ここで「理学療法が正解の出せない曖昧な学問だから『悪い』」と伝わるのは本意ではない。あくまでもそういう事実を踏まえた上で、指導者・実習生ともに実習に臨まなければならないということが言いたい。

 

「正解がない」について整理する

さて、ではどうすればよいのだろうか?そんな学問だから指導者が学生に教えることなど何もないのか?ひいては実習は不要なのか?

もちろんそんなことはない、というのが私の立場だがここをもう少し順を追って説明する。

まずは「理学療法は正解がない」いう言葉についてもう少し具体的に解説する。

例えば、
・80代
・男性
・左大腿骨頚部骨折(人工骨頭術)
・術後3週間経過
の患者さんがいる。

「荷重時に左股関節外側の痛みがある」という訴えに対して、痛みの原因についてAさんとBさんが話をしている。

Aさん「手術で中殿筋を切っているから術後の炎症がまだ残っているんじゃない?」

Bさん「中殿筋の筋力低下を代償しようと大腿筋膜張筋がスパズムを起こしているんじゃない?」

と意見が分かれた。

さて、このAさんの主張とBさんの主張どちらが正しいのか?あるいはどちらも違って他に原因があるのか?

極論、この「問題」に対する「正解」はどう頑張っても導き出せない。

触診・圧迫してその部位に痛みが誘発されたとしても、それぞれが疑っている筋ではなくもしかしたらその表層にある皮膚の痛みかもしれないし、もっというなら心因性の痛みと言うこともあり得る。

収縮時の痛みで判断しようにも、中殿筋だけあるいは大腿筋膜張筋だけを収縮させることは不可能だし、仮に出来たとしてもそれが術後の炎症なのかスパズムによるものなのかを判断できるすべはない。

つまり突き詰めれば理学療法の知識・評価方法で何かを「特定」「確定」させることは不可能というわけだ。

「理学療法は正解がない」と言われる所以はこの辺にある。

 

一方、「理学療法は正解がない」という主張に対しては大きく2つの持論がある。

1つ目は「理学療法は正解がないとはいえ『間違いはある』」である。

例えば先ほどの例で、

Cさん「左足趾を背屈方向に動かしたら『足底が痛い』と訴えたのでこの方の左股関節外側の痛みは腸腰筋の問題だと思います。」

という主張があった場合、

足趾?
足底が痛い?
腸腰筋?
股関節外側の痛みに何の関係が…?

と、まともな理学療法士なら首をかしげると思う。

そう、理学療法は正解がないからとどんな推論も受け入れて良い学問という訳ではなく、「知識」や「論理」に矛盾がある場合はきちんと「間違い」と言える学問であるということ。

上記の例で言うならば、足趾の運動が股関節の痛みにどう影響を及ぼすのかの理屈自体が不明だし、また唐突に腸腰筋が出ている理由も分からない。Cさんの前提とする知識に不足があるとしか思えない。

この場合はCさんの主張は「間違い」と判定されるべき学問であると言いたい。

 

持論の2つ目は、「理学療法に正解はないが、一定の範囲で推論の『優劣はつけられる』」である。

先ほどと同じ症例で「左股関節外旋筋力の低下」の原因について議論をしていたとする。

Dさん「術後の臥床による廃用症候群が原因じゃないか」

Eさん「この方の術式は後外側アプローチで梨状筋や短外旋筋を切離している。他の筋と比較して特異的に低下しているので二次性のものというより手術による侵襲の影響が強いと考える」
 

と、主張が食い違ったときどちらがより精度が高いのか。

何度も言うが厳密に突き詰めると正解はない。「可能性」という意味ではどちらもゼロではなく、理学療法の知識・技術をもってしてそれをゼロ、つまり排除する方法はないからである。

が、この場合、よりEさんの意見の方が受け入れられる。

術式の知識やその他の検査との比較などで自身の主張の精度を高めている。

Dさんの主張は完全な間違いとすることは出来ないかもしれないけど、「他の筋と比較して外旋筋だけが特異的に低下しているなら廃用症候群だけで説明するのは難しいのではないか」と多くの理学療法士が判断すると思う。

誰がどうジャッジするのかによるかもしれないが、基本的に理学療法という学問は「科学」に基づいて展開される学問である(はずである)。

科学的な手法(演繹と帰納)を駆使して論を展開することで、推論の精度を高めることはできる。それに基づいて食い違った意見の優劣はつけられる学問だと思っている。

解剖学、生理学、運動学を基礎として、世に出されている研究結果を利用しながら、妥当な演繹により論を組み立てる、そういう主張が精度の高い推論である。
(そうなっていない一部(ボバースなど)の思想はもっと隅っこの方で大人しくしているべきである。)

以上が「理学療法は正解がない」に対する私の持論2つ。

まとめると、「理学療法は正解がない」という主張はその通りだと思うが、一方で「間違いはある」「推論の優劣はつけられる」というのが私の立場である。

 

どうすればよいか?

ではそのような学問の理学療法の実習、指導者は実習生に何を指導するべきか。

これは2つあると思っている。

1つが、「理学療法の考えの大枠を教える」役割である。
理学療法の大枠とは評価・治療の思考プロセスである。どんな年齢のどんな疾患のどんな障害をもった患者さんでもこの流れで考えていけばおおよそやることが整理されていくよ、というような考え方の枠組みである。
(※そのあたりは過去の記事にまとめているので以下からご参照を)
現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際1(概要)

そしてもう1つが、先ほどの「正解を教える」のではなく、「考え方の『間違い』を減らしたり」「推論の『精度を高める』方法を指導する」のが大きな役割である。

つまり数学のように問題と答えがあって、答えに向かって解き方を教えるやり方は難しいかもしれないが、こう考えていけば大きく外れることはないという理学療法の考え方の大枠を基に、間違いが少なく、精度の高い思考の方法を指導するようなイメージだ。

他にも「社会人としての心構え」や「技術」なども指導の対象かもしれないが、主になるのはこの2つだと思っている。

 

構造の問題

実習がうまくいかない理由の2つ目、構造の問題について説明する。

ここでいう「構造」とは「養成校と実習地の関係」という意味である。

養成校と実習地との関係

養成校と実習地はどういう関係で成り立っているのか。一般の方はよく分からないかもしれないが、実は養成校と実習地は一方的な縦の関係、「実習地の方が明らかに上」という構図で成り立っている。

それはなぜなのか?

「実習」とは理学療法士になるために必須のカリキュラムだ。つまり学校内の勉強と国家試験だけで理学療法になれる訳ではない。学校を卒業する、国家試験を受ける要件として絶対に実習をクリアしている必要があるのだ。また、その実習地は(実習時間の3分の2以上は)医療提供施設(病院や診療所など)である必要がある。

養成校側からすると学生に国家試験を受けさせようと思うと、病院などにお願いして実習を受け入れてもらわなければならない。

大学病院のように同法人内で学校と医療施設とが併設されているところならば、このあたりの問題はさほど問題にならないのかもしれないが(そんなこともなさそうだが)、基本的に養成校と医療施設は独立して運営されており、どうしても学校側が病院側にお願いするという形をとらざるを得ないというのが現状だ。

さて、そういった構図だと何がまずいのか?

縦関係だと何がまずい?

上記のような構図だと当然ながら養成校側は実習施設に頭が上がらない

自校の学生に対していくら「適当な」あるいは「横暴な」指導をされても養成校側からは強くものが言えない。

端的に言うとそういう構図になってしまっている。

いやいや、そんな実習地なら学校側から願い下げて他をあたればいいじゃないか!別に医療施設はそこだけじゃないんだから!

と思った学生さん、ことはそんな簡単な話じゃないみたいだぜ…。

ここ数年(いや数十年か)、理学療法士を目指す人は右肩上がりに増え(正確には理学療法士を育成する養成校が爆発的に増えて)、学生の数に対して実習施設の数が追い付かなくなっているそうだ。

つまり、どこの養成校も実習地の取り合い、奪い合い、殴り合い(言いすぎ)…いたる病院で実習のお願い電話が鳴りやまない事態となっていると聞くから穏やかじゃない。

養成校時代の同級生から久しく電話がかかってきたと思ったら学校の教員をしていて実習地のお願い電話だったという、マルチ商法すら彷彿させる悲しい笑い話は巷にあふれているそうな。

つまり、養成校側からするとお願いした実習地がだめだったからといって、すぐにじゃあ次、といけない背景がある

実習指導者がいくらポンコツで適当な指導をしていようと、このような背景があると強くものが言えない。こんな実習地こっちから願い下げだ!と啖呵を切ろうもんなら次を探すのに尋常じゃない労力を割かれる。

それなら、実習地に多少の理不尽があっても学生には「我慢ヨロシクごめんなちゃい」になってしまう。よほど信念を持った学校じゃないと「構造上」こうなるのは仕方がないと私なんかは感じる。

それでも実習地に対して強く物申す学校は真に学生を思った情熱的な養成校だと尊敬するが、実際問題そう簡単に実習地に文句を言えない背景があることは分かっておいた方がよいだろう。

 

どうすればよいか?

この問題の解決は難しい。

理想は、養成校と実習施設とが同法人で運営されており、その法人は「学生の教育」も理念として持ち、「実習指導」を日々の臨床業務と同程度の扱いに引き上げられて…、そんな実習地システム構築をすることが望ましいとは思うが…。

あるいは、養成校側が実習施設に支払う対価、つまり「お金」の額をべらぼうに上げ、実習地側から「是非うちの施設で実習生を引き受けたい!」とお願いされるような関係になる、なんて考えてみるが…。

うむ、どれも夢物語だ。

この問題の解決はなかなかに難しそうだ。

 

指導者の問題

実習がうまくいかない理由3つ目、「指導者の問題」について。

実習指導者は誰がやっている?

実習指導者はどのような教育を受けているのか。

実は何も教育など受けていない。というのは言いすぎかもしれないが、学生を指導するための教育なんて皆無に等しい。

新実習制度になる前(つまりちょっと前)までは、臨床経験が5年以上になると自動的に実習指導が出来る資格が与えられていた。

おそらく制度の表向きの主旨としては現場の臨床経験を5年も積めば理学療法士のイロハはある程度分かり、学生を指導するには十分な能力が備わっている、ということだろう。が、当然そんなわけはない。5年経験を積んだからと学生を指導できるほどの能力が備わっている理学療法士など極少数(いるにはいる)。というか5年だろうが10年だろうが、普段からちゃんと考えて臨床をしていない理学療法士なんて何年経験を積もうが学生を指導できるレベルになるはずがない。
それではさすがにそれはまずいと、2023~2024年の制度変更で「実習指導者講習」なるものが設けられた。が、これもまた…うん、この辺にしておこう。

要は実際の理学療法士の実習の現場で、きちんと学生を指導できる指導者が少ない、ということが言いたい。

自分自身は出来ていると言いたい訳ではない。こんな偉そうに言っている自分も自信はない。でもやらされる。

皆、やりたくてやっている訳ではない。やる能力も備わっていない。でもやらなければならない。

そういう理学療法士に実習指導されているのが理学療法士の学生という訳だ。

理学療法プロセスの大枠も整理されていないまま、理学療法の科学的な考えの基礎もないまま、また(理学療法とは別で)「教育する」「指導する」ということのイロハも知らないまま学生を指導する。

きちんと指導できる指導者が少ない中で、当然実習なんてうまくいくはずがないのである。

 

どうすればよいか?

この問題も根本からガラッと変えなければ難しい。

まずは実習指導者になる要件をもっと厳しくするべきである。

そして皆が実習指導者になりたがるようにもっと報酬を与えるべきである。

指導者が減って学生はどうなるの?

指導者への報酬はどこが払うの?

うんうん、難しい話だ…。

少なくとも我々指導者側が実習の指導方法について考えを巡らせ、少しでも能力をあげることが第一歩なのかもしれない、などと綺麗事を残し締めとさせていただこう。

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まとめ

理学療法の実習がうまくいかない理由について持論を述べてみた。

1.学問の問題
2.構造の問題
3.指導者の問題

の3つの理由を考えてみた。

どれもすぐに解決しそうにない難しい課題ばかり。

読んでくれた方が少しでも実習について考える機会になれば幸いです。

ありがとうございました。

この記事を書いた人
卵屋

ブログ管理人、投稿者。
おっさん。回復期病棟で働く理学療法士。

普段から仕事や日常の出来事について熱く語り合っているおっさん達で「せっかくだから自分たちの考えを世の中に発信していこうぜ」とブログをはじめました。
おっさん達の発信が誰かの役に立てば幸いです。
よろしくお願いします。

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