突然であるが、皆さんは普段本屋を訪れる機会があるだろうか?
最近ではAmazonや楽天ブックスなどのECサイトを用いて手軽に本を購入できるため、わざわざ本屋に足を運ぶ必要がなくなった。実際に町の本屋を利用する人も少なくなったかもしれない。
私も以前に比べると本屋を訪れることは少なくなったが、今でも定期的に足を運んでいる。
というのも、ECサイトの場合、本の題名を検索すればものの数クリックで最短翌日には自宅届くというメリットの半面、意としない無い本との出会いは少なくなってしまう。
そんなこともあって、定期的に本屋に足を運んでは目新しい本を探すのだが、昔からよく目にするものの、いまいち内容を知らない本があった。
それが今回のブログの題材とした”チーズはどこへ消えた?”である。
私のように本屋を訪れることがある人なら、一度は目にしたことがあるはずだ。なんなら実際に読んだこともある人も多いだろう。
これは、いわゆる寓話に分類される物語であり、世界のビジネスパーソンに読まれているそうだ。
私自身、実際に買って読んだのは最近なのだが、色々考えさせられる物語であった。
というわけで今回は、この”チーズはどこへ消えた?”を主題に進めていこうと思う。。
登場人物
まずはじめにこの物語には、2匹のネズミと2人の小人が登場する。このネズミと小人が迷路の中でチーズを探すということがこの物語の主な内容となる。
基本的にネズミは単純な頭脳しかないため、試行錯誤を繰り返しながらチーズを探す。対して小人は、頭を使ってチーズを探すという特徴があるが、微妙にそれぞれの性格に違いがある。
スニフ: よく効く鼻でチーズを探そうとする。
スカリー: ただひたすら突き進んでチーズを探す。
ヘム:変化を受け入れるのが難しく、自身の行動を変えることができない。
ホー:ヘムと同じく変化を受け入れることが難しいが、行動を変えようとする意志はある。
ざっくり言うとこんな感じだ。
それでは、簡単にあらすじを説明していくが、完全にネタバレになるので、これから読もうと考えている人は注意してほしい。
ただ、物語の内容を知ろうが知らまいが本筋には関係ないとは思うので、そこまで気にしなくてもいいと考える。
物語の内容
この物語は、迷路という環境の中で生きる4つのキャラクター、2匹のネズミ「スニフ」と「スカリー」と、2人の小人「ヘム」と「ホー」を中心に展開する。
彼らは毎日、迷路を探索し、”チーズ”を探すことが日課となっている。
2匹のネズミは、単純な頭脳しか持っていないが、優れた本能を基にチーズを探す。
2人の小人は、過去に得た経験や思考を基にチーズを探す。
このチーズがある迷路は、いくつもの通路と部屋からなる迷宮で、そのどこかにチーズがあるという設定だ。
2匹のネズミと2人の小人が日課であるチーズ探しを続けていると、チーズステーションCという今までにない大量のチーズがある場所を見つける。
翌日もチーズステーションCに足を運ぶと、前日と同じように大量のチーズがあり、ネズミと小人はゆっくりとチーズにありつくことができた。その翌日も変わらず、大量のチーズがあり、ネズミと小人がいくら食べても減ることはなかった。
そうするうちに、小人たちの日課が変わっていった。
今までよりもゆっくりと準備し、ゆっくりとチーズステーションCに向かうようになった。
最終的に小人たちは、チーズステーションCの近くに引っ越して、そこで社会生活を築いた。
対照的にネズミの生活は変わらなかった。
毎日チーズテーションCに行っては、辺りの匂いをかぎ、走り回って現状の変化が無いかをチェックし、チーズをかじっていた。
ある時、チーズステーションCに行くと、前日まであったチーズが完全に無くなっていた。
2匹のネズミは驚くことがなく、新しいチーズを求めて、迷路に向かっていった。
実は、チーズが段々と減っていることに2匹は気づいていたため、いつかは無くなることを覚悟していたからだ。
対照的に2人の小人は衝撃を受けた。
普段の様にゆっくりとチーズステーションCに来た小人たちは、チーズが無くなっている状況にショックを受け、叫んだり悲しんだりした。
翌日も2人はチーズステーションCを訪れたが、そこにチーズは無かった。
2人はチーズステーションCをくまなく調査し、なぜ無くなったのか、チーズはどこに行ったのかを探そうとしたが、事態は一向に変化しなかった。
すると、ネズミたちがいなくなったことにホーが気づく。ホーはネズミたちが何か知っているのではないかとヘムに言うも、ヘムは頭の悪いネズミたちをあざ笑うだけだった。自分たちの方が利口だから、この事態を解明できるはずだとホーに答えた。
2人の小人がチーズステーションCでどうすればいいかを相談し合っている間に、2匹のネズミはこれまでに行ったことのないチーズステーションNというエリアに入っていった。
そのチーズステーションNは今までに見たこともない、それこそチーズステーションCよりも大量のチーズがあったのだ。
一方で小人たちは、相変わらずチーズステーションCで事態を検討していたが、一向に変化はなかった。
そんな中、ホーがチーズステーションCを離れることを決意する。ホーがヘムに迷路に向かうように提案するも、ヘムはそれを拒否する。なぜチーズが戻ってくるのを待てないんだと。
2人はその後もチーズステーションCを離れなかったが、遂にホーがチーズステーションCを1人で後にすることにした。
迷路の中で新たなチーズを探す中、チーズステーションCでの日常を思い返していた。
よく考えたら、少しずつチーズが減っていたような気がする。
チーズが無くなった時、チーズを持っていかれるなんて間違っていると思っていたが、変化が起きることは自然なことだとわかった。
チーズステーションCを離れたときは恐怖でいっぱいだったが、徐々にその恐怖は薄れ、足取りも軽やかになっていった。
そんな中、ホーもチーズステーションNを見つけた。そこにはでっぷりと太った旧友の2匹のネズミがいた。ネズミたちはホーを歓迎した。ホーは急いでチーズにかじりついた。
その後、チーズステーションNからチーズが無くなることはなかったが、ホーは毎日チーズステーションNを点検し、自分のチーズの状態を確認した。また、しばしば迷路に出ていくこともあった。
いつか旧友であるヘムがチーズステーションNを訪れることを願って。
物語からの学び
言わずもがなだろうが、この物語は現代社会の変化にどのように対応すべきかを伝えているものになる。”チーズ”とは、お金や仕事での成果や名声などにあたるだろう。
ネズミたちは、自身にとってネガティブな変化に対しても迅速に対応し、新しい行動を起こした結果、より早く次の”チーズ”を得ることができた。
小人のホーも遅れはしたが、最終的には”新しい”チーズ”を得ることができた。
ヘムは、現状に変化を受け入れられずに行動を起こせなかった結果、新しい”チーズ”を得ることができなかった。
この本は、多くのビジネスパーソンや組織で読まれており、変化の時代における対応の参考になるとされているようである。
さて、この物語を知って、皆さんはどう感じただろうか。
日本の医療業界って、まさにチーズステーションCだ!っと私は感じた。
そもそも日本の医療は皆保険制度下にて行われており、行われる医療行為による報酬が国によって規定されている。
良く言えばある程度の報酬が担保されていることであるが、悪く言えば成果による上振れがなく、個人の努力が報酬に反映されにくい業態と言える。
特に医師の指示の下で行われるリハビリ業界にはその傾向が顕著であり、療法士の能力が上がったからといって、集客に繋げることは難しく、すなわち報酬にも繋がりにくい。
どんなに療法士のレベルが高かったとしても、医師が手術件数や患者受け入れ人数を減らすと収益が下がり、見かけ上においては能力と成果が見合わないケースも多い。
ただし、対象者がいて時間さえかければ報酬は発生することから、頑張らなくても見かけ上の成果を上げることができる。
特に超高齢化社会である”今の日本”において、我々の様な高齢者を主な対象としている業態が無くなることはないだろう。まさにチーズステーションCそのものだ。
頑張っても得られるチーズに変化がなく、頑張らなくても患者に時間をかければチーズが得られる現状において、頑張ることは難しい。
対象者により質の高い医療を提供しようと頑張ることは素晴らしいことではあるが、「余った時間を趣味に費やしたりする方が効果的だ!」「ライフワークバランスが重要だ!」という考えのもと、小人たちの様に日常を過ごしていくのも至極当然である。
ただし、この”今の日本”は変わりつつあるし、永続ではないことも念頭に置いておく必要がある。
2025年以降、高齢者がどんどん減少していくことがほぼ確実に起こり得る未来として指摘されている。つまりは我々の顧客が減っていくことはほぼ確定事項となる。
また、社会保障関係費の増加によって、皆保険制度が今まで通りに維持できるかも不明確な状況もある。
これまで特に努力をしなくても仕事が与えられて、ただ時間をかければ報酬が頂けるというイージーな業態であったが、それも増えていく高齢者と国民皆保険制度という条件が揃っていたからである。
この二つの条件が近未来で大きく転換する可能性がある状況において、これまで通り”チーズステーションC”は維持できるのであろうか。まあ普通に考えて難しいだろう。
チーズステーションCの様に完全にチーズが無くなることはないかもしれないが、確実にチーズの数が減るだろうし、チーズの質も落ちていく。加えて、チーズを欲する者は増えていく一方だ。
こんな現状を踏まえて、我々理学療法士はどのように行動していくべきなのだろうか。
以前ブログ記事をあげていた”名無し”のように、別の業態に移るのも良いだろう。
今のうちにお金を貯めて、老後を乗り越えられるようにするのも良いだろう。
理学療法士という肩書を用いて、別の仕事を行なうことも良いだろう。
いわゆる”理学療法士×〇〇”ってやつだ。
とりあえず、ただ職場に行って言われた通り単位をこなし、家に帰ってのんびりするのも構わないが、実際に変化が起こった時にすぐに行動に移す必要がある。
いずれにせよ、実際に変化が起こった場合に、この物語のヘムのように嘆くだけの状態になることは避けたほうがいいと私は思っている。
かく言う私はどのように考えているかだが、私としては理学療法を突き詰めたほうがいいと考えている。
すなわち、自己研鑽をすべき!という考えだ。
”自己研鑽”というと、たびたびSNSで話題になっているが、私は自身の経験からも自己研鑽を強くオススメする。
だがしかし、よく巷で言われている、”患者のために”ではなく、”自分自身のために”である。
なぜ私が自己研鑽をオススメするのかについて、また機会があれば話してみようと思うが、今回はこの辺で終わりにする。
まとめ
今回は、”名著から学ぶ理学療法”という題材にて、”チーズはどこへ消えた?”を取り上げた。
表紙が目立つので一度は目にしたこともある人も多いだろうが、読んだことのない人はぜひ読んでほしい。ページも少ないので1時間ちょっとで読めるだろう。
また、物語の紹介の所には載せてなかったが、ホーがチーズステーションCを後にしたときに、様々な言葉を壁に書き続けており、それらが実際に本には載っている。
どれも考えさせられる言葉ばかりだが、最後に私が気になった言葉を一つ紹介して終わろう。
変わらなければ破滅することになる
これを読んでいる読者は、若手から中堅と呼ばれる者がほとんどだろう。
これから先、ほぼ確実に世の中が変化していく。
世の中の変化に対して、自身も変化できないと良い結果は訪れない。
変化に憂いて嘆いていたとしても、誰かが手を差し伸べてくれる保証はない。
これきっかけに皆さんが少しでも変わろうと考えてくれると幸いである。
”最近はゆっくり読書をする機会も少なくなったが、読書って本当に大事だよな”
(´-`).。oO
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