「回復期」という言葉は響きがいい。
失われた機能を取り戻し、自宅という名の戦場へ戻るための準備期間。
そこには、進歩という名の階段を一段ずつ上る輝かしい物語が用意されているはずだった。
だが現実はそう甘くない。
私の目の前にいる鈴木さんは、その階段の踊り場で頑なに座り込んだまま動こうとしなかった。
「しんどい」という鉄壁の盾
鈴木さんは七十代後半の男性だ。
脳梗塞を患い右半身に麻痺が残った。
おまけに、入院生活のストレスからか認知機能も目に見えて低下している。ここがどこで、自分がなぜここにいるのか。その認識は霧の中を彷徨う小舟のように心許ない。
「鈴木さん、おはようございます。リハビリの時間ですよ。車椅子に移りましょう」
私の明るすぎる声が病室の静寂を切り裂く。
鈴木さんは布団から出ている左手でぎゅっとシーツを握りしめた。
「……しんどい。もういい」
「そんなこと言わずに。動かないと足が固まって歩けなくなっちゃいますよ。お家に帰りたくないんですか?」
私の口から出るのは、教科書通りの「正論」だ。
廃用症候群の恐ろしさ、リハビリの重要性、そして退院というゴール。医学的エビデンスに基づいた一点の曇りもない理屈。
しかし、鈴木さんにとってそんなものは何の意味も持たなかった。
彼にあるのは「今、体がだるい」「動きたくない」という原始的で圧倒的な身体感覚だけだ。
業を煮やした私は半ば強引に彼の体に手をかけた。
「さあ、ちょっとだけ頑張りましょう」
その瞬間、鈴木さんの目がそれまでの虚無感とは違う鋭い拒絶の色を帯びた。
「触るな! 」
振り払われた私の手が空を打つ。
リハビリ室へ向かうはずの時間は虚しい押し問答に消えていった。
「無駄」の効能
「また振られたのか。お前、顔が怖いぞ」
ナースステーションで記録を打っていると先輩の佐藤さんが声をかけてきた。
佐藤さんはこの道十五年のベテランだ。
いつも飄々としていて、リハビリをしているのか世間話をしているのか分からないような男だった。
「だって、回復期病棟ですよ? 何もしないで寝ていたら入院している意味がないじゃないですか。点数だって、実績だって……」
「正論だな。お前の言うことは100パーセント正しい」
佐藤さんは苦笑いして私の肩を叩いた。
「でもな、鈴木さんにとって、お前は『リハビリという苦行を強いる役人』にしか見えてないんだよ。まずはその役人の制服を脱げ」
佐藤さんが教えてくれたのは私のプライドを逆なでするような方法だった。
「明日からは、リハビリ室に連れて行こうとするな。ただ横でマッサージでもしてやれ。それも嫌がるなら、ただ座って最近の天気の話でもしてこい。関係を作るんだ。リハビリはその『ついで』でいいんだよ」
「……そんなの、ただのサボりじゃないですか」
私は反論した。
私たちは機能を回復させる専門職だ。マッサージや世間話で時間を潰すなんてプロ失格だと思っていた。
鎧を脱ぐということ
翌日。
私は葛藤を抱えたまま鈴木さんの病室へ向かった。
「今日も行かないぞ」と身構える鈴木さんに、私は努めて静かに言った。
「今日はリハビリ室行きません。ここで少し足をほぐすだけにしましょう」
鈴木さんは訝しげな顔をしたが抵抗はしなかった。
僕は彼の冷え切った足をゆっくりとさすり始めた。筋肉の緊張を感じながら、ただ、手のひらの熱を伝える。
「……今日は、外は雨ですよ」
「……そうか」
「少し、冷えますね」
「……ああ」
会話は成立しているのか、していないのか分からない程度。
けれど私の心拍数が下がっていくのと同期するように、鈴木さんの足の強張りが少しずつ、本当に少しずつ解けていくのが分かった。
理学療法士としての私のプライド――「治さなければならない」「訓練をさせなければならない」という傲慢な鎧が、少しずつ剥がれ落ちていった。
一週間が経った頃だ。
いつものように足をさすっていると、鈴木さんがぽつりと呟いた。
「……少し、座ってみるか」
それは、私の正論が一度も引き出せなかった彼自身の自発的な言葉だった。
正しさと、優しさのあわいで
それからの鈴木さんは、驚くほどスムーズにリハビリへ参加するようになった。
相変わらず「しんどい」とは言う。けれど、「お兄さんが言うなら、ちょっとだけ行くか」と私の手を借りて車椅子に乗ってくれる。
リハビリ室で平行棒を握る鈴木さんの横顔を見ながら、私は考えていた。
回復期病棟というシステムの中にいると、どうしても「効率」や「成果」という魔物に追いかけられる。リハビリをしない患者は、システムから見れば「非効率」な存在だ。そこには一刻も早く「正論」という鞭で追い立てたくなる誘惑がある。
しかし、人間は正論だけでは動かない。特に自分の現在地すら見失ってしまった認知症の患者さんにとって、唯一の拠り所は「目の前の人間が、自分を大切に扱ってくれているか」という直感だけなのだ。
私がやったことは、結局のところ遠回りだったのかもしれない。
最初から優しく接していれば一週間のロスはなかったのかもしれない。 けれど、若造だった私にはその「無駄な時間」こそが、患者の心に触れるための不可欠なプロセスだったのだと、今なら分かる。
エピローグ
鈴木さんが退院する日、彼は私の手を握り「世話になったな」と短く言った。
その手は、最初に出会った時よりもずっと暖かく、力強かった。
私は今でも、毎朝、廊下の鏡を見て自分の表情をチェックする。「役人の顔」になっていないか、「正しさ」で誰かを追い詰めていないか。
そこに正解なんてなくてもいい。 ただ一人の人間としてその人の隣に立つ。それが私が見つけた、理学療法士としての小さな矜持だ。
廊下の向こうから、また新しい患者さんの「行きたくない」という声が聞こえてくる。私は白衣の襟を整え、ゆっくりとその声の方へ歩き出した。
理学療法士としての私の本当の仕事は、その「行きたくない」という拒絶の裏側にある震えるような不安に、ただそっと手を添えることから始まるのだ。
この白い廊下はどこまでも続いている。
そこには、教科書には載っていない、人間という名の割り切れない物語が無数に転がっている。






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