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血の気が多いことは良いことなのか?

全理学療法士向け
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さて、これまで酸素供給の観点から様々な視点で話を進めてきた。

前回(コメディカルが知っておくべき貧血の話は、ヘモグロビンの役割を踏まえ貧血に関して掘り下げてみた。

 

これまでのおさらいにはなるが、血液中の酸素の大部分はヘモグロビンによって運ばれる。

すなわち、ヘモグロビンが減少する貧血の状態になると、それだけで酸素供給量DO2)が下がってしまうため、組織の酸素不足を補うために、脈拍や呼吸数を増加させるなどで呼吸循環機能が代償的に働いて対応する。(下図参照)

貧血 → 酸素供給量低下 → 組織の酸素不足 → 恒常性の悪化

という流れを考えると、対策としてまず考えられるのは“輸血“だろう。

輸血を行うことによって、

→ 貧血改善 → 酸素供給量上昇 → 組織の酸素不足改善 → 恒常性維持

といったプロセスにて状態の良化が期待できる。
なんなら、「ヘモグロビンが多い方が酸素をより供給できるから体にとってプラスなんじゃね?」とさえ考えられる。

ヘモグロビンは酸素を運ぶ働きをするため、数は多いに越したことないはずであり、貧血になったらさっさと輸血した方が患者の予後も良くなる……

 

と思うのが自然な流れであるが、人体とはそう簡単なものではない。
実際の臨床では、そう易々と輸血を行うケースは稀だろう。

というところで今回に関しては、貧血についてやや臨床的な面にフォーカスして説明していきたい。

 

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貧血は輸血をすればオールオッケー?

さて、冒頭にも挙げたこの疑問について、集中治療領域の報告を基に考えてみたい。

2002年に報告された集中治療領域における輸血の状況について後ろ向きに検証した報告を紹介する。

この報告では、同程度の臓器機能障害の症例で見てみると、背景をマッチさせた患者群の比較において、院後28日の死亡率は、輸血を行った患者で22.7%、行わなかった患者で17.1%であり、輸血を行った患者の方が有意に死亡率が高かったと報告している。
Vincent JL et al. Anemia and blood transfusion in critically ill patients. JAMA. 2002 Sep 25;288(12):1499-507. 

 

上記にあるDO2の概念を考えると、貧血を速やかに是正した方が予後が良くなるように思う。

しかしながら、この報告では理論的に考えた仮説に反して、実際の臨床の結果としては逆であった。

ただ、輸血をした方が予後が良いという逆の結果を報告した論文も存在しているのだが、どちらにせよ”貧血ならば輸血にて補えばOK!”と単純な話ではないとは言える。

 

おいおい、前回の貧血の記事でヘモグロビンが大事だって言ってたのに特に気にする必要はないのかよ!

と言いたくなる方も多いだろう。

 

その気持ちは少し置いといて頂き、次は健常者でどこまでヘモグロビン値をさげても大丈夫なのかという、今では考えられないような研究を紹介したい。

 

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人間はどこまで貧血に耐えられるのか?

今から紹介する論文は、1998年に医療分野における世界4大ジャーナルの一つである“JAMA”から発表された、今では考えられない研究について報告したものである。

Weiskopf RB et al. Human cardiovascular and metabolic response to acute, severe isovolemic anemia. JAMA. 1998 Jan 21;279(3):217-21. 

 

簡単に内容を紹介すると、健常ボランティアと手術を受ける患者を対象に、血液を抜いてその分点滴(アルブミン溶液)を行うことで、血液を薄めて疑似的な貧血状態にする。その結果、ヘモグロビン値をどこまで下げたら末梢の酸素不足が出現するかを検証したものになる。

想像しただけでもゾッとするような研究……

ヘモグロビン値の減少に耐えられるか否かの判断は、血中の乳酸値心電図でのST変化で判断する。乳酸値は無酸素代謝の存在を示しており、心電図のST変化は心筋虚血が出現しているかどうかの判断になる。どちらも組織における酸素不足を表す指標となる。

結果について簡単に紹介するが、Hb値が約5g/dlまで下がったとしても、乳酸値は変わりなく、心電図のST変化も2名のみ確認されたのみで、ほとんどの被検者において酸素不足を表す指標は変化が無かった。
つまり、組織での酸素必要量は保たれていたということになる。

 

なぜ大丈夫だったのか。

一つは前回も述べたように呼吸循環がうまく代償をした結果、DO2を維持できていたともいえる。
(実際の報告の中でもヘモグロビン量と心拍数に負の相関を認めたという図も存在する)

ただ、もう一つ大事な視点として、組織側の代償も起こっていることに触れたい。

 

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貧血時の組織における代償機構

冒頭の図にもあるように、酸素供給量は約1000ml/分とされている。ではその1000ml/分の内、実際に消費されている分(酸素消費量)はどれくらいかというと、約250ml/分とされている。

 

この酸素供給と酸素消費の関係性をわかりやすく例えると、子供に1000円のおこづかいを渡し、子供はその中から250円を使う。
そして親は差額の750円を渡して、常に子供の財布には1000円が維持されるようにする。これがざっくりとした酸素供給ー酸素消費の関係となる。

つまり、子供は財布の中に入っているお金のうち25%しか使っていないことになる。この持っているお金に対して使ったお金の割合のことを“O2ER“という。

貧血などの理由においてDO2の低下が危惧された場合、呼吸循環の代償にてDO2を維持しようとする働きが人間には備わっている。

ただ、それでもDO2が維持できない場合がある。この場合、末梢組織がO2ERを高めて、減ったDO2でも組織の酸素不足を補おうと働く。

この要因としては様々存在していると言われているが、DO2が減ったとしても最低限組織に必要な酸素量は確保できるという仕組みだ。

 

ただこれにも限界があり、ある一定のDO2を下回るとO2ERの代償が効かなくなり、組織の酸素不足を来した結果、乳酸値の上昇や心電図状のST変化が出現する。

つまり、紹介した論文では、呼吸循環器での代償末梢組織での代償の2つの防御策によって重度な貧血に陥ったとしても組織の酸素不足を防ぐことができたわけである。

 

冒頭の論文に関しても、例え貧血があったとしても、これら2つの防御策が機能した結果、組織の酸素不足を防ぐことができ、輸血した群に比して予後が変わらなかったのかもしれない。

 

ただ、これらの防御策についてもあくまで仕方なく用いてるものであることに注意が必要だ。

DO2の低下が危惧されている状況であることには変わりないため、全身の状態としては、危険な方向に近づいているわけであり、なんらかの形で防御策を突破されたら、最悪の結果に繋がることになる。

 

また、呼吸や循環器疾患を合併している場合は、そもそも貧血を代償する余力がなくなっている場合もあるため、健常者と同じように考えるのは危険である。

実際に、循環器疾患のある患者については、輸血をした方が予後が良かったとの報告もある。

 

だからこそ、今までも述べてきたように、検査結果などの数値のみで病態を判断するのではなく、酸素供給という大きな枠組みにおいて、どのようなインパクトがあるかを考える必要がある。

 

ヘモグロビンは多い方がお得?

これまでは、多少貧血が進んでいたとしても呼吸循環や末梢組織の防御策によって、酸素不足を回避できることを示してきた。
これは、あくまでヘモグロビンが不足している分についての説明となる。

では、逆にヘモグロビンが多い方が酸素供給量が増えるため、体にとっては良いことではないかという疑問について答えていきたい。

 

結論から言うと、
多すぎるヘモグロビンは益であるどころか、害にしかならない。

この点について説明していこう。

冒頭の図から考えると、ヘモグロビンが多いことにより結果的にCaO2(左辺)は増加する。

ならば、DO2も増加することになるので良いことしかない様に思うが、実はヘモグロビンが増えることで、右辺のCOが減少することが知られている

どういうことか説明すると、
血液は単なる水とは異なり、粘性を持っている。
この粘性に寄与するのが赤血球ではあるが、この赤血球が増えることにより粘性が高まるとされる。
この粘性は、血液が血管を通る際の抵抗となるため、赤血球が多い、つまりヘモグロビンが多い血液は血流が悪くなってしまう

 

マクドナルドのコーラとマックシェイクをストローで飲んだ時に、どちらの方が飲みやすいかを考えてもらうとわかりやすいだろう。

 

つまり、ヘモグロビンが多くなることにより単位量あたりの酸素の含有量は増えるものの、血流量が低下することにより、結果的に末梢組織への酸素供給量としては増加しないことになる。

そればかりか、心臓で考えた場合、拍出に対する抵抗が強くなることによって、ヘモグロビンが正常の時よりも負荷がかかることにもなる。

ヘモグロビンが過剰になることは、身体にとっては害の要素が大きくなるため推奨されない。

 

結局のところ、色々な側面から身体というのは良いバランスをとる様にできており、過不足ない状態が一番適切な状態と言えるのかもしれない。

 

まとめ

さて、今回は前回同様に貧血について掘り下げてみた。少し突っ込んだ内容となったため、あまり参考にならなかったかもしれないが、特に内部障害の患者を多く担当する方にとっては重要な内容であったため、参考になれば幸いである。

 

今回のように、理論的には悪だが実際に検証してみるとそうでもなかったり、理論的には良だが実際に検証すると害であることが、臨床場面では多々あるので、生理学や運動学的には正しかったとしても、実際の臨床でもそうであるかどうかを検証する姿勢も持っていただきたい。

 

さて、次回は理論的には有益とされるが、実際に臨床場面で検証するとそうではなくむしろ有害であった、という循環器領域の有名な臨床研究について紹介し、理論と実際における推論の仕方について考えてみたいと思う。

 

この記事が参考になったのであれば、次回以降も読んでいただけると幸いである。

”貧血って、結構舐めがちだよね”
(´-`).。oO

この記事を書いた人
りゅうぞう

生理学好きのギャンブラーPT
経済と投資について勉強中!!

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