こんばんは、卵屋です。
今回は回復期病棟の制度についてお話しする。
(前回の記事はこちら→回復期病棟で働く理学療法士が回復期病棟を語る1(タイムスケジュール))
回復期病棟は制度上どのような「条件」や「縛り」があるのか、またその制度の表と裏について独断と偏見で解説する。
回復期病棟に入院できる条件
日々患者さんと接していると上記のようなことを言われることがある。嬉しい気持ちの反面、「実は、ことはそんな簡単じゃないんですよ」と内心思っている。
というのも回復期病棟というものは誰でも入院できる訳ではない。
腰が痛いから、膝が痛いから、運動したいからリハビリのためにふらっと入院、なんてことは基本的には出来ない。
考えれば当然である。医療費を抑えたい我が国にとって誰かれ好き勝手に入院してリハビリ、その費用の大部分は医療保険から賄われる、となると財源がいくらあっても足りない。入院するためには厳格な「審査」を通ってこなければならない。
その条件が「病名」である。
そう、回復期病棟は入院の要件として入院するための「病名」が必要になる。
回復期リハビリテーションを要する状態 | 算定上限日数 |
---|---|
脳血管疾患、脊髄損傷、頭部外傷、くも膜下出血のシャント術後、脳腫瘍、脳炎、急性脳症、脊髄炎、多発性神経炎、多発性硬化症、腕神経叢損傷等の発症後もしくは手術後、または義肢装着訓練を要する状態 | 150日 |
高次脳機能障害を伴った重症脳血管障害、重度の頸髄損傷及び頭部外傷を含む多部位外傷の場合 | 180日 |
大腿骨、骨盤、脊椎、股関節若しくは膝関節の骨折又は2肢以上の多発骨折の発症後または手術後の状態 | 90日 |
外科手術後又は肺炎等の治療時の安静により廃用症候群を有しており、手術後または発症後の状態 | 90日 |
大腿骨、骨盤、脊椎、股関節又は膝関節の神経、筋または靱帯損傷後の状態 | 60日 |
股関節又は膝関節の置換術後の状態 | 90日 |
急性心筋梗塞、狭心症発作その他急性発症した心大血管疾患または手術後の状態 | 90日 |
小難しい言葉が多くて分かりにくいかもしれないが、要は、入院してリハビリをする必要があると国に認められた病名が必要になる。
「インフルエンザ」「筋膜性腰痛」「肩関節周囲炎」などの、「確かにそれはそれでつらいのは分かるけど生活できないほどじゃないでしょう」という病気・怪我は「入院してまでリハビリする必要はないでしょう」と回復期リハビリテーション病棟に入院すらできないという訳だ。
冒頭の「知り合いが膝が痛いからここでリハビリさせてあげてよ」は、まずこの段階ではじかれる。
ちなみに当院の入院病名として多いのは、「脳梗塞・脳出血」、「大腿骨頚部骨折」、「脊椎圧迫骨折」、「誤嚥性肺炎後の廃用症候群」である。各病院によって違いはあれどおおよそどこの回復期病棟でもこれらの患者さんは多いのではないだろうか。
さて、ではこれらの診断が付いた患者さんは皆誰でも望む回復期病棟に入院できるのか、というとこれまた簡単にそうはいかない事情がある。
その事情とは。次に続く。
回復期病棟側の事情
誰でも入院させてくれるのか?
回復期病棟には「施設基準」というものがあり、その基準が守れないと「入院料」というものが算定出来ない。
病院側の立場で言うと患者さんが入院しているのにそれに見合ったお金が得られないという訳だ。
「施設基準」と聞くと「敷地面積」や、医師・看護師・セラピストなど各職種の「人員基準」などをイメージすると思う。もちろんそれらも規定されているが、それと同時に様々な数値をクリアしなければならない。それらの数値をクリアして初めて「入院料」が算定できる。つまり病院にお金が入る。
逆に言うとそれらの数値(施設基準)が達成できないと病院にお金が入らない。
さて、そんな条件がある中、病院側としてはどういう思考になるかを想像してみて欲しい。
あくまでも「病院経営」に限った話だ。
当然、その数値に有利に働きそうな患者さんを入院させ、数値に不利に働きそうな患者さんは受け入れ自体を断る。そう考えるのが普通、というか必然。
すなわち、回復期病棟というものは多かれ少なかれ入院の段階で「選別」が行われる。
また、入院してからもその数値を達成しようと、患者さんの希望に沿わなくても少々強引に物事をすすめる。
これらを良しととるか悪しととるか人それぞれ考え方があるかもしれないが、現実問題多くの回復期病棟はそうなっている。そうならざるを得ない。
資本主義社会の中で、独立採算で黒字を出していかなければならない民間病院にとっては仕方のないことで「医療」だからと患者希望をむやみやたらに聖域化することはできない。
「患者さんのため」「社会のため」と経営度外視で誰かれ受け入れて、のんびり退院させていたら施設基準が満たせなくなり(つまりお金が入らなくなり)、すぐに病院自体が潰れてしまう。それで困ってしまうのはまわりまわって地域の患者さん、だからある程度は仕方ない、と少々こじつけにも近い理屈で正当化しよう、うん、そうしよう。
さてさて、では施設基準に影響するその数値とはどういったものなのか?
主要なものを以下に見ていく。
リハビリで回復する見込みがないと入院できないのか?
言うまでもなく回復期病棟はリハビリするために入院する病棟である。とすると、リハビリして良くならないことが見込まれる患者は入院させてもらえないのか?そう疑問に思う方もいるかもしれない。
結論から言うと半分正解で半分誤りである。
基本的にはその通りで先述のように病院側は施設基準(その施設基準は後述)を満たすためにリハビリで良くなる人を中心に入院させたい思惑がある。
一方で、回復期病棟には「重症患者割合」というものがある。
これは、回復期病院がリハビリで回復しそうな(軽症な)人ばかり入院させて、そうでない人を断ることがないよう国が規制している条件と言える。
2024年7月現在、「新規入院患者の4割以上が重症患者」である必要があり、リハビリ病院だからって軽症の人ばかり入院させていないで、重度の人もどんどん受け入れなさいと言われている訳だ。
「重症患者」の定義は、「日常生活機能評価で10点以上またはFIMで55点以下の患者」である。
これにより社会全体でみたときに重症の人がリハビリして回復する道が断たれてしまうことを防いでいると言える。
さらに、「重症患者」として入院してきた人は退院するとき3割以上が「日常生活機能評価で4点(またはFIMで16点)以上改善」している必要があることも施設基準にある。
つまり、リハビリ病棟なんだからただただ重症患者さんを入院させるだけでなくきちんとリハビリして改善させなさいよ、とも言われている訳だ。
この「重症患者割合」を満たすために、自病院の急性期病棟あるいは他病院からの紹介患者を必死で探す作業が病棟師長を中心に日々行われているのである。
なぜ家に帰ることを求められるのか?
回復期病棟では基本的に自宅に退院することが求められる。
「在宅復帰率」というものが施設基準となっているからだ。
退院患者さんの7割以上が自宅に退院する必要がある。
これはそもそも回復期病棟というものはリハビリして自宅に退院することを目的として制度化されたものだからだ。病院に入院していたり、施設に入所したりするより、家に帰った方が社会保障費がかからないからという思惑があるんだろうと推測しているが、この辺りは果たして…。
国としては入院してまでリハビリしたんだから当然家に帰りなさいよ、ということだ。
このように、回復期病棟で自宅退院を勧められるのは、「病院が患者さんのためを思って」だけではなく施設基準として求められているからなのだ。
例にももれず当院でも基本的に自宅復帰に向けて諸々の調整をする。障害の程度が重く自宅復帰するにはかなり厳しい状況があったとしても、物的・人的環境を整え介護保険サービスをフルに使いならも自宅へ退院することを提案する。
私自身は、「施設」を卑下するものでも「自宅至上主義」という訳でもないのだが、国として回復期病棟というところは基本的に自宅に退院することを目的に存在している事実は忘れてはならないと思っている。それとは別に、基本的にどの患者さんも「理由がなければ」自宅に帰りたいと思っているはずという信念めいたものがある。なので国、病院の方針通り原則自宅復帰を目指して取り組む。
とにもかくにも、回復期病棟退院に際して施設入所を考えていたのに自宅をすすめられた経験のある方はこういった裏事情があるということを知っておいて損はないだろう(かといってどこまでいっても最終決定権は本人・家族にあるので、絶対に施設退院をさせない回復期病院があるとは思えないが…)。
なぜ早く退院させられるのか?
回復期病棟に入院したことがある方、もしくはその家族なら経験しているかもしれないが、回復期病棟ではとにかく早く退院することを求められる。
え?早く退院させて入院患者さんが入ってこなかったら病院側はマイナスなんじゃないの?別に無料で入院している訳じゃないし長くいてもらって常にベッドが埋まっている方が病院の経営的にみたらいいんじゃないの?と思う方もいるかもしれない。このあたりの事情について説明しよう。
1つ目の理由、「実績指数」。
回復期病棟では「実績指数」という指標がありそれが施設基準になっている。
これは2016年度から導入されたもので、2024年現在も存続している。
という計算式で算出される。
FIM利得とは、入院時と退院時のFIM(患者の生活具合を介助量を基に点数化した指標)の差(伸び)のこと。
在棟日数とは、入院していた日数のこと。
算定上限日数とは、各疾患によって定められたMAX入院できる日数(冒頭「入院できる条件」の章で用いた表、「回復期リハビリテーションを要する状態」の横に記載されている日数を参照)。
この式から分かるように、実績指数を高くしようと思うと、FIM利得を上げる or 在棟日数を下げるのどちらかしかない。
算定上限日数を上げることも理屈上可能だが入院する疾患を選ばなければならずなかなかコントロールが難しい。さらに脳疾患は入院期間が長くなる傾向にあるので算定上限日数を単独で上げるのは難しい。
「FIM利得を上げる」は回復期病棟の一丁目一番地の役割、リハビリで機能回復・動作獲得を実現し高いFIM利得を獲得することがどこの回復期病棟でも求められる。
「在棟日数を下げる」、ようやくこの章の主題に話がんだ。在棟日数を下げる、それすなわち「早く退院させる」ということだ。病棟としては最終的にこれが最もコントロールしやすい。
FIM利得は入院時の状態や回復具合に影響するので、「目標FIM利得」などの数値も定めにくく、極端なことを言ってしまうとある程度「運」の要素が絡んでくる。一方、在棟日数は単純に入院している日数なので病棟として目標数値も決めやすいし、少々強引にすすめればある程度目指した数値にコントロールすることが可能だ。
このような背景から回復期病棟では早く退院をすすめる傾向にあると言える。病院側からするとFIMがある程度上がり伸びしろがなくなった状態で1日でも長く入院されることは「悪」なのだ。
そう、回復期病棟は病床を埋めながらも実績指数を保つという高度な技が要求されるのである。
2つ目の理由、「紹介患者の受け入れ問題」。
実績指数が導入された2016年度以降、当院でも全国平均でも在棟日数は年々下がっているので、実績指数というものが影響を及ぼしているのは間違いないだろう。ただ、仮に実績指数というものがなかった場合、病院側は早期退院を求めないのか、と聞かれると、それもまたそういう訳にはいかない。
その理由が紹介患者の受け入れ問題である。
回復期病棟は急性期病院患者の貴重な受け入れ先なのである。手術や投薬などで全身状態が落ち着き、急性期の積極的な「治療」が必要なくなったら基本的に急性期病院の役割は終わり。そこから先に残るのは「リハビリ」だけ、となると「それはうちじゃなくてそういう病院でやってね」と回復期病棟にまわされるという寸法である。
急性期の治療は終わったけどそれでもまだ家には帰れない、そんな患者はとっとと回復期病棟に送って次の急性期患者を受け入れたいというのが急性期病院の思惑だし、制度上もそうなっている(長く入院しているほど病院に入るお金が減る)。
そこにきて受け入れ先の回復期病院(病棟)が、病床がなかなか空かなくて(退院が出なくて)受け入れ出来ません、となると急性期病院からしたらたまったもんじゃない。あの病院はベッドの回転が遅いから紹介しにくいのよね、と信用を失うことになる。コンスタントに病床を空け紹介があればなるべく早く受け入れますよ、と急性期病院にアピールすることで信頼が生まれ次もまた紹介してもらいやすくなるという訳だ。
「入院」などという非日常を過ごしている中、本人・家族が制度を理解して自分で回復期病棟を探すことなんて無理難題で、多くは言われるがまま病院スタッフ(主にソーシャルワーカー)から近隣の回復期病棟の候補を紹介されその中から選ぶことになる。そのときにその選択肢や候補に入れるか、もっというとソーシャルワーカーからプッシュしてもらえるかどうか、は回復期病棟での患者確保において重要な要素となる。
回転を早めてコンスタントに病床を空けることは安定して患者を確保するための貴重な戦略となり、そのためには患者さんに早く退院してもらないといけない、というのが実績指数を抜きにした患者に早期退院をせまるもう一つの理由である。
以上が回復期病棟で早く退院を求められる理由である。
さてさて、そんな裏事情がある中で現場ではどういうトラブルが起こるのか、最後にこのあたりについても触れておこう。
先述のように回復期病棟では早期の退院を求められる。が、しかし患者さん側はそんな事情は知ったこっちゃない。国の制度として入院できる上限は決まっていてそこを超えてまで入院させてくれと文句を言う患者はいないが、「実績指数」「紹介患者の受け入れ問題」などの理由、要は病院側の都合で上限日数より早く退院してくれ、は当然ながらなかなか納得してくれない。
もちろん、病院側も退院を求める際にバカ正直に手の内を明かすような説明の仕方はしない。
手を変え品を変えなんとか退院にこぎつけようとするが、それでも、
本人・家族さんはなんとか入院を延ばそうと「抵抗」してくる。
こうなると現場スタッフだけでの対処は困難、主治医、師長、リハビリ管理職陣の出番となる。(そこまでいっても現場にまかせる当院のような病院もあるが…これは単なる愚痴だ。)
個人的な考えだが、世の中的にもっと回復期病棟から回復期病棟への転院が盛んになればよいのではないかと思っている。そうすれば、例えば「回復期病棟の上限日数がまだある方を受け入れます」という方針の病院、そういった需要に特化した病院が出てきて患者希望とマッチするのではないか、なんて思っているのだが。ただ、FIMの上がりは悪くなり、かつ上限日数も短くなるので実績指数がどう頑張っても低く出る、そうなると入院料1を確保するのは難しくなり入院料2、3…と落とさなければならない、そもそもそんな経営戦略を立てる病院は出ないか…。うむ、今の制度である以上このトラブルは避けようがないのかもしれない。
まとめ
回復期病棟の制度の表と裏について解説した。
誰でも手軽に入院できない理由や、早く退院をせまられる理由について解説した。
長く回復期病棟で働いて制度の移り変わりをみてきたが、私個人としてはこれらの流れに基本的に賛成の立場である。
昔のように上限日数ギリギリまでだらだらリハビリ、もう退院できる能力はあるけど暑い夏が過ぎるまでは入院させてねなんて希望がまかり通るような制度は、患者視点で考えても良くないことが多かった。入院なんてできれば1日でもしない方が良い。入院してまでリハビリする必要がある段階を抜けたらなるべく早く退院することが患者にとってもプラスになる。それが実現できるように回復期病棟にも「質」を求める。
制度の主旨や目的は決して悪い方向に進んでいるとは思えないが、実際に現場で患者・家族の納得が得られるかどうかは別問題。
制度・経営の視点から在棟日数の短縮を求める病院経営陣や管理職、少しでも良くなりたいという強い思いで入院リハビリ継続を希望する患者・家族、そんな両者に挟まれながら今日も現場で汗を流す理学療法士達がたくさんいる。
回復期病棟で働く理学療法士達に幸あれ!
ありがとうございました。
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