こんばんは、卵屋です。
今回は回復期病棟のセラピストの「単位」の話。
これまでの記事はこちら↓
回復期病棟で働く理学療法士が回復期病棟を語る1(タイムスケジュール)
回復期病棟で働く理学療法士が回復期病棟を語る2(制度の表と裏)
はじめに
SNSなどでは上記のような意見が飛び交う。
これらは回復期病棟での単位の算定について言及していることが多い。
今回は回復期病棟での「単位問題」について深掘りし、私見を述べる。
回復期病棟のお金事情
回復期病棟はリハビリ専門の病棟、言い換えると「リハビリするために入院する病棟」だ。理学療法士をはじめとしたセラピストがたくさんいて、1日のリハビリの予定を組んで機能回復・ADL獲得・自宅復帰に向けたトレーニングをする。
急性期病棟が手術や投薬などの「治療」を目的とする病棟であることに対して、回復期病棟は「リハビリ」が目的なのである。
これは国がただそう位置付けているだけの話ではなく、制度上、算定の仕組みにおいてもそうなっている。
急性期病棟が薬や手術をすることでお金が請求できるのに対して、回復期病棟はそれらは入院料にまるめこまれている。
入院料を毎日一律でもらい、その入院中に必要な薬は、高い薬だろうが安い薬だろうが、1種類だろうが10種類だろうが、原則請求できない(つまり薬を出せば出すほど病院側からするとマイナスになる)。
一方、リハビリの料金は「出来高」で算定できる。つまり入院料に加えてリハビリはやればやるだけお金が請求できる。
また、その上限についても、疾患別リハビリテーション料の算定が原則1日(1患者あたり)6単位のところ、「回復期病棟に入院している」というだけで1日9単位まで算定できる(2024年度診療報酬改定で「運動器」はこの条件から除かれた)。
「1単位」とは20分の個別リハビリのことで、各疾患によって1単位あたりの料金が決まっている(脳血管:2450円、運動器:1850円、廃用:1800円)。例えば大腿骨頚部骨折患者さんに1時間(3単位)のリハビリをすると、運動器(1850円)×3単位(20分×3)で5550円が請求できるといった具合で病院に入るお金が決まっていく。
回復期病棟の経営戦略
さて、これらを前提として病院側はどのような経営戦略をとるかの話に移る。
入院料を稼ぐ
経営戦略の一つ目は、「入院料をたくさん取る」というものである。
前回の記事でも触れたが回復期病棟は入院しているだけで高い入院料がとれる。
つまり病棟のベッドを埋めることで安定した収益が期待できる。
そして回復期病棟は急性期病棟とは違いある程度計画的にベッドを埋めることができる。
なぜなら、その日の偶発的な事故や病気がないと患者さんが病院に来ない一般病棟に比べて(手術の予約などもあるが)、すでに急性期病棟で治療を受けている患者さんが移動(転院、転棟)してくることで入院が決まる病棟だからだ。
つまり一人の患者さんの退院日に合わせて別の患者さんの受け入れを予定をすれば比較的容易にベッドを埋めることができる(簡単に言っているがもちろんこれはこれで大変なのだが…)。
このような事情から回復期病棟の経営陣はまず、出来る限り「満床」を目指すことで安定した収益を得ようと考えるという訳だ。
リハビリ料を稼ぐ
経営戦略の二つ目は、セラピストによる「疾患別リハビリテーション料をたくさん取る」というものである。
先述のように回復期病棟では薬やその他「治療」にかかるお金は基本的にマルメとなっている。一方「リハビリ」だけはやればやるほどお金が入ってくる。
そうなると、経営側としてはたくさんセラピストを雇い、たくさんリハビリをしてもらうことで病院収益を上げようとする。当然の理屈だ。
制度上、リハビリで稼げるお金にも上限はあるが、逆に言うと取れるところまで取りたいというのが経営者側の考えになる。
例えば、病床60床、全て脳血管疾患患者と仮定した場合、60床×9単位=540単位が1日に取れる単位の最大値・理論値となる。
一人のセラピスト(PT/OT/ST)ノルマが18単位/日だった場合、540÷18=30となり、1日に30人出勤し全員がノルマを達成すれば理論値に達する。これがリハビリとして出来高で稼げるMAXのお金という訳だ。
つまり、病院経営陣としては、1日に30人出勤できる体制を整え、常にノルマを達成してもらうのを理想としてリハビリテーション科の管理者に圧をかける。その結果、採用や業務の見直しが図られ現場に降りてくる。
実際にはここで経営陣とリハビリ科管理職との間で諸々の「調整」が行われるので、各病院の1日のノルマや採用人数などが変化する。
単位主義が批判される背景
経営における単位と患者視点での単位
さて、どんどん話が飛んでいったが、ここでようやく本題の「単位」の話に移る。
上記のように病院経営というものに焦点を当てたときには、「個人」としても「組織」としても、とにかくたくさん「単位」をとることが求められる。
「経営」という視点だけでみるとお金にならない仕事は基本的に「悪」、いかに単位を取ってお金を稼ぐかがリハビリテーション科、セラピストの評価基準になる。
一方、一旦「経営」というものを隣に置いておいて、患者視点で考えたときには「単位」が多ければ多いほど「患者満足度」も比例して高くなるとは限らない。
当然、かなり量が少ない状況(例:一日2単位)から単位が増えること(例:一日6単位)は、比例どころか二次関数的に患者満足度も向上する。
ところが、単位がある一定のラインを満たしている状況からさらに単位を提供しても比例して満足度は向上しない(例:一日8〜9単位)、というのが実体験上の感覚である。
と思う方もいるかもしれない。
ここには回復期病棟の制度上の狙いと実態の乖離、セラピストの爆発的な増加、社会情勢の変化といったものが影響を及ぼしている。
制度の狙いと回復期病棟経営の狙いの乖離
回復期病棟を始めた国の狙いは、「リハビリが必要な患者に集中的にトレーニングを実施して自宅に退院できる機能を取り戻してもらって退院させよう」だった。
そのため、「回復期病棟に入院している」という理由だけで、本来一日6単位までの疾患別リハビリテーション料の上限が、一日9単位まで算定可能という特別扱いが許された。回復期病棟に入院できる疾患にも制限をかけて、「集中的なリハビリが必要な患者」に絞り提供することを求めた。
ここには「必要な人にはそれだけ集中的にリハビリを実施して早く機能を回復させてね」という意図が読み取れる。
さて、そんな狙いを受けてスタートした回復期病棟、結果的に今どうなっているかを見てみよう。
(これからする話は、もちろん中には必要な患者に必要な単位を提供しているリハビリ病院があることを大前提に、そうじゃない病院もあるというお話である。)
先述の通り、病院の経営側は当然ながら制度の仕組みの中でどうにかしてたくさんお金を稼ごうとし、回復期病棟においては、①病床を埋める、➁疾患別リハ料をたくさん取るの2つの戦略がとられる。
するとどういうことが起きるか。
2.療法士をたくさん雇い疾患別リハビリテーション料のとれる最大値までとろうとする。
大きくはこの2つが起こる。
すると現場ではどうなるか。
「リハビリがあまり必要ではない患者が回復期病棟に入院し、単位ノルマが課せられたセラピストがノルマのためにリハビリを実施する」ことになる。
そして、この状況はセラピストの爆発的な増加という社会背景とともにより拍車がかかった。
つまり20年前頃まで、病院側は単位を増やして経営を安定させようとしてもセラピストの母数自体が少なく増やそうと思っても増やすことができなかった。ところが養成校が増え、セラピストの数が爆発的に増えたことで病院側の思惑と一致しどんどこどんどこ回復期病棟へセラピストが入職することとなった。
その結果、現場では患者にとってリハビリが必要・不必要に関わらず病院経営として最大値まで単位を求められるようになった。
「一日6単位じゃ足りない患者に9単位までリハビリすることを許可しますよ」という制度は、
PT「制度上6単位までとなっているからこれ以上は個別リハビリできないんですよ…。でも!回復期病棟では9単位まで出来るんでまだリハビリできますよ!やりましょう!」
となることを目的に作られた。
が、今では、
PT「(そこまでリハビリ必要ないのになんで入院しているんだろう…。)でも!9単位までとる決まりになってるんで無理矢理リハビリしてもらいますよ!」
という誰が誰のためにしているのかよく分からない状況に陥っている。
当然、全員が全員そうという話ではなく、基本的にはリハビリが必要な患者が入院し個別リハビリもそれに見合った量を提供することがなされているが、一部そういった患者が入院している状況になっているということが言いたい。
回復期病棟の単位のあり方について考える
さて、ここまで、本来多ければ多いほど喜ばれるはずの個別リハビリが一部そうなっていない理由と背景について述べた。
ここからはそれらの背景を踏まえて回復期病棟の単位の取り方はどうあるべきかについて独断と偏見で述べる。
回復期病棟の単位は過剰か
先述のように回復期病棟では、患者側は望んでいないのにセラピストがノルマを課せられているために介入せざるを得ないという場面がある。
一方、この実態だけをもって「回復期病棟の単位は過剰だ」と断罪する意見には、私はやや慎重な立場である。
というのも、先ほど挙げた例はあくまでも一部で、基本的には皆リハビリを必要としている人が入院している(先ほどの例は体感1割にも満たない)。そして、患者視点で考えたときには、やや「過剰」なくらいリハビリをした方がやはり機能・ADLの伸びは早い。
それは何も理学療法士が世間の人から崇め奉られるようなスーパーテクニックを施しているからではなく、単純に「運動する機会を与えているから」だと思っている。
人間誰しも怪我や病気をするとしんどいし、起きたくないし、寝ていたい。離床や運動、やらなければならないことは分かっていても自分を律して出来る人なんて極少数。
「廃用症候群」、運動しないことにより起こるいわゆる体の「なまり」「衰え」、これは世間の人が思っている以上に恐ろしいのもので、2~3日ベッドの上で過ごすだけでいともたやすく起きれなくなる。高齢になるほどさらにだ。そんなときに1日に何度も起こしに来て運動を手伝う理学療法士・作業療法士・言語聴覚士はやはりとても貴重で必要な存在だと感じている。
先述のような一部リハビリの必要性が少ない、かつ意欲も低い患者がいることは事実だが、一方でリハビリが必要な患者はその何倍もたくさんいるのである。
1日9単位(6単位)上限という制度の設定は、全体をならして考えると決して過剰とは言えない単位数だと思っている。
回復期病棟の単位はどうあるべきか
1.療法士の人数(患者一人あたりの単位数)
療法士を多く雇い上限ギリギリまで単位を取得しようとする病院、逆に少ない人数で必要単位ギリギリでまわしている病院、各病院によって様々な方針がありその方針に沿って理学療法士は働いている。
先にも言ったが私個人の考えは回復期病棟では、やや「過剰」なくらいの単位設定が望ましいと考えている。
一方でそれは、その病院の「特徴」に合った数値であるべきだと思っている。
同法人に整形手術が盛んに行われている病院がある、あるいは脳外科が有名で脳卒中患者がひっきりなしに運ばれてくる病院がある、そこから回復期に転棟してくることが多いなど、患者層が比較的若めでやる気があって「本当に」リハビリが必要な患者ばかりが入院する病院では、療法士をたくさん雇い理論値ギリギリまで単位を取得する方針を立てることで経営的にも患者満足度的にも価値が見出せる。
一方、先述のような「無理矢理」病床を埋めて、リハビリの必要性も意欲もない患者が多くを占めている病院では、療法士が多いと強引に単位を取得せざるを得ない状況に陥り患者も職員も疲弊する。このような特徴の病院では療法士の人数に一定の制限をかけるべきだと思う。
その病院の患者層やニーズに合わせて療法士の人数、引いては必要単位を設定していくことが求められると思っている。
2.単位の組み方
次に実際の単位の割り振り方、予定の組み方について。
一人当たりの平均単位が設定されたからといって、どこも同じリハビリが提供されるかというとこれまたやり方によって大きく変わる。
具体的には患者一人あたりおおよそ1日6単位(20分×6=2時間)という単位が割り振られていたとして、60分・60分と組むのか、40分・40分・40分と組むのか、40分・40分・20分・20分と組むのかなど、その組み方によって、1日の総リハビリ時間が同じでも内容や質は大きく変わる。
そのあたりを時期や患者の状態に合わせて調節していくことが必要だと考えている。
個人的には入院終盤になるほど療法士による徒手的な関わりを減らし、患者自身の運動習慣の獲得へと移行していくことが望ましいと思っている。そのチェックや意識付けのために1単位(20分)での頻回介入を増やしていくことが望ましいと思っている。
おわりに
さて、最後に一つだけ物申す。
これらの方針の決定は病院経営陣やリハビリ科管理職の責任である。
つまり冒頭の、
といった批判はその人たちに向けられるべきで、あくせく働く現場スタッフにぶつけるのはお門違いも甚だしい、言語道断、愚の骨頂である。
当然、本当は運動が必要なのに時間稼ぎのためにマッサージをして単位を取得するのは批判されてしかるべきだが、先述のような事情で無駄に単位を取らされている状況においては現場スタッフはやりたくもないことをやらされている被害者なのである。
それが嫌なら辞めろという意見もあるかもしれない。
確かに常にそういう状況ならば転職を考えてもいいかもしれないが、病院経営というものは多かれ少なかれそういった一面があるもの、一部そういうことがあるからとすぐに辞める決断はできないだろう。
一部を切り取って若い真面目な理学療法士達をあまりイジメてあげなさんな、と若くないおっさん理学療法士なんかは思うのである。
さあ、今日も大好きな理学療法を楽しもうじゃないか!
今回はこの辺で。
コメント