こんばんは卵屋です。
今回も理学療法評価の続きをやっていきます。
現役理学療法士が教える評価の流れシリーズ第3弾。
ここまでの流れを振り返る。
理学療法評価の流れのうち前半部分、情報を集めるパートについては前回まででまとめた。
前回、前々回の記事はこちらからどうぞ。
現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際2(情報収集、検査測定、動作観察)
今回は評価における「ニーズ」について解説する。
はじめに
今回からはいよいよ思考を組み立てていく過程に入る。
あえて語弊のある言い方をするならば、前回までは何も考えずにできる作業である。
回復期病棟入院患者ならばルーティーンでこういった情報を集めておく、この疾患ならばこの検査をする、といった具合にある程度機械的にやっていける部分である。
が、ここからはそうはいかない。
集めた情報を組み立てていく作業のため、どう組み立てるかは担当する理学療法士次第、同じ情報を集めてもどのように整理するかは理学療法士によって大きく変わってくるのである。
ではではさっそく解説していこう。
ニーズについて
ニーズとは?
ニーズの把握は、本来、統合と解釈の中に含めることが多いのだが、個人的に重要度が高いと思っており、あえて抜き出してまとめていく。
ニーズの把握は統合と解釈をするにあたっての根元になる部分。
大まかな方針を決める大事な作業。
実習生あるある
「動作観察から機能障害の仮説を立てて検査・測定結果との照合からある程度問題点を絞り込めたけど…で?あれ何してたんだっけ?となる」
あれを防ぐための大事な作業。
ニーズが把握できていないと、いくら豊富な知識や鋭い観察眼を持っていても、「色々考えてたけど結局何してたんだっけ?」となりがちである。
まず「ニーズ」という言葉について整理する。
一般的にはhopeが主観的、ニーズは客観的と区別されるが私はこれにあまり納得していない。
ホープが患者の主観というのは分かるが、ニーズが客観的というのはどうも無理がある。
細かいこだわりかもしれないが「客観的」と言ってしまうと理学療法士100人が100とも同じニーズを挙げなければならないことになる。人の価値観の違い、また「幸せ」の厳密な定義がない中でそれは不可能である。
ホープは患者が望むこと、ニーズは理学療法士が考えること程度で区別する方が健全である。
ニーズはどう考えれば良いのか?
では、理学療法士はどのようにしてニーズを考えているのか?
ただ単に「理学療法士が必要だと判断すること」では広すぎて焦点が定まらない。何でもありになってしまう。
にも関わらず、経験上、入院リハにおける理学療法士間のやり取りではおおよそニーズが一致していることが多い。皆何かしら統一した基準を持ってニーズを捉えていることが分かる。
さて、その基準とは?
入院リハにおけるニーズの捉え方の大きなポイントは「生活を成り立たせるために最低限必要なことは何か?」である。
怪我や病気をして入院した患者さんが、家で生活をするために最低限獲得しなければならないことは何か?を考えることがニーズの本質と、そう私は捉えている。
ニーズの「階層問題」
そして、ニーズについて整理しておく必要があるのが「階層問題」である。
例えば実習生が次のようなニーズを立てたとしたら、あなたはどう感じるだろうか。
学校教育や実習での経験上なんだかニーズの立て方としては適切ではない気がしないだろうか。それはなぜだろう。
ICIDH(国際障害分類)という「障害」を
・「Disabilities (能力低下)」
・「Handicaps(社会的不利)」
という3階層に分類した概念を基に考えてみる。
①「家で生活を送る」についてはHandicapsの階層の話。
怪我や病気をして入院せざるを得ない人のニーズを「家で生活を送る必要がある」と実習生は考えた。それはそれで間違いではないしその通りなのだが、評価の目的と照らし合わせると抽象的すぎて課題を焦点化できない。それ(家に帰るため)をするために何が必要なのか?とさらに掘り下げていかなければならない。
➁「左股関節外転筋群の筋力向上」はImpairmentsの階層の話。
患者さんが何かの動作を獲得するために「左股関節外転筋力の向上が必要だ」と実習生は考えた。先ほどと同様間違いではないし本当に必要なことなのかもしれないが、先ほどとは逆で的を絞り過ぎて要点が得られない。それをすることで何に繋がるのか?と問い直す必要が出てくる。
➂「一人でご飯が用意できる」はDisabilitiesの階層の話。
この3つの中ではうまく課題を焦点化できているが、入院リハ、特に初期評価においてはやや焦点化しすぎている感がある(もちろん間違いではない)。そこにたどり着く前にもっと優先的に課題と捉える必要のあるものがありそうな気がする(何度も言うが間違いではない)。
学校や実習では教わらないが、理学療法界では「ニーズは適した階層で立てる」という暗黙の合意があり、その上で、ニーズは「Disabilities(能力低下)」レベルの階層、それも「基本動作」レベルで立てるという不文律がある。
「お風呂が入れるようになる」や「買い物に行けるようになる」ではなく、「歩行が自立する」や「車椅子移乗ができるようになる」といった具合だ。
Impairmentsレベル、Handicapsレベルについては上記の通り抽象的あるいは具体的すぎてニーズとして捉えるには適さないとされている。
ではDisabilitiesレベルのうちあえて「基本動作」レベルにしなければならない理由はどこにあるのだろうか?
その明確な理由について学校や実習で教わったことはないが、私は以下のような理由があると考えている。
図のように一言で「動作」といってもその中にさらに階層がある。
動作は、
・基本動作
・ADL(日常生活動作)
・IADL(手段的日常生活動作)
と大きく3つの階層に分かれ、このうち理学療法士が深く関わるのは基本動作とされている。理学療法の定義にもそうある。
だから基本動作レベルのニーズを挙げる…ではあまりにお粗末。基本動作レベルでニーズに立てておくことで得られる何かしらのメリットがあると考えている。
以下の図を見て欲しい
各動作のレベルにはこのような特徴があると考える。
頻度:例えば、「立ち上がり」や「歩く」という動作は「排泄」や「掃除」をする際にも行わなければならない動作である。全ての動作に階層性を持たせず並列に捉えた場合、言うまでもなく「基本動作」が最も頻度の多い動作となる。
難易度:例えば、「排泄」という動作は「立ち上がり」「立位保持」「ズボンの上げ下ろし」「着座」「座位保持」といった基本動作の集合体と捉えることができる。故に「排泄」や「入浴」といったADL、「掃除」や「洗濯」といったIADLと基本動作とを比べた場合、多くは基本動作の方が簡単であることは言うまでもない。
影響度:例えば、「歩行」という動作はその上の階層の動作の多くの要素に含まれている動作である。トイレまで歩いて行く、浴室の中を歩いて移動する、掃除、洗濯、買い物…。「歩行」という動作一つを獲得するだけでその上位の多くの動作に影響を及ぼすことができる。一方で「排泄動作」や「食事動作」はそれ単体で独立しており、排泄や食事ができるからといって、歩行に影響を及ぼすことは直接的には難しい。応用的な動作になるに連れその動作特有の運動課題となり基本動作や他の動作に与える影響は少ないと言える。
これらの特徴をもって考えた時、入院患者さんの「ニーズ」として上げる階層レベルは「基本動作レベル」に限定しておくと「やりやすい」と言えるのではないか。
頻度が高い、難易度が低い、影響が大きいということは、今後獲得が必要な動作の最低ラインがイメージがしやすく、それが出来る・出来ないで家に帰れる・帰れないの判断がつきやすいから。
特定のIADL(例えば「料理」)の獲得希望(ホープ)があったとしても、それはそれとして、現実的に生活を成り立たせるためには、その前の段階の基本動作を獲得することが必須となるから。
要するに特定の生活動作や応用動作に全てスポットを当てていてはきりがないと言えるのではないか。入院リハという特殊な環境下では、基本動作の獲得を優先してそれをもって生活動作・応用動作へ反映させていこうという考えが必要不可欠なのだろう。
「ニーズを基本動作レベルで立てる理由」について私はそう解釈している。
ニーズの「詳細度問題」
階層問題が解決したところで続いてニーズの「詳細度問題」についても整理する。
私はニーズの詳細度は高すぎず低すぎずが丁度良いと思っている。
例えば
理由は以下の通り。
②「移動手段の獲得」は詳細度が低すぎる。「移動手段」としている以上「歩行」でも「車椅子自走」でも、はたまた「家族さんのおんぶによる移動」でも移動手段としては当てはまる。それを定めるのが目標設定ではあるが、ニーズの時点でもう少し絞ってもよいと感じる。
➂「杖歩行が自立する」は詳細度が高すぎる。元々が杖歩行をしていたからという理由でこう立てることもあるかもしれないが、骨折をして動けなくなった患者さんの初期評価として一発目から「杖歩行」まで踏み込むべきか。好みの問題かもしれないが、ニーズの段階では歩行補助具は限定せずに、統合と解釈を経て目標設定の段階で詳細度を高めるのがよいのではないかと考えている。
詳細度が低すぎるとこの先何をするかが明確にならず、詳細度が高すぎるとそれが無理だった場合に大きく軌道を修正しなければならない。
大まかな方針を立てていく段階においては、詳細度を適度に保つことが重要だと考える。
以上のことからニーズの詳細度は高すぎても低すぎても良くないと私は主張する。
具体的なニーズの立て方
さてさて、ニーズの階層問題・詳細度問題が解決したところで、最後に具体的なニーズの立て方について解説する。
ニーズは「基本動作レベル」で立て、かつ「適度な詳細度」を保つことが重要だということが分かった。
では具体的にどのような患者さんにどのようなニーズが適しているのか?
私はニーズについてはトップダウンの考え方でHandicapsのレベルから順に降ろしてくる方法を取っている。
例えば、
例①
「地球上で幸せに生きる」
↓ それをするには
「退院して家で幸せに生活を送る必要がある」
↓ それをするには
「セルフケア(食事、整容、排泄、更衣、入浴)が自立する必要がある」
↓ それをするには
「歩行が自立する必要がある」
といった具合だ。
「え、そんなこと言ったらほとんどの患者さんがそうなっちゃうんじゃない?」と思った方。その通りだ。ほとんどの人が上記の考え方で「歩行が自立する」がニーズとなる。
歩行が自立する(動作能力になる)ことで、ほとんどの生活動作は自分でできるようになるからだ。
それほど「歩行」という動作は生活において必須の動作なのである。
あえて違うパターンの例を挙げる。
例えば元々介助を受けながら生活していた患者さんの場合、
例➁
「地球上で幸せに生きる」
↓ それをするには
「退院して家で幸せに生活を送る必要がある」
↓ それをするには
「セルフケアを獲得する必要がある」
↓ それをするには(ADLは家族やヘルパーの介助で行える算段があるため)
「ADLを介助してもらうために車椅子に座れる必要がある」
といった具合だ。
先述の通り、私の考える入院リハでのニーズは「生活を成り立たせるために最低限必要な動作は何か?」である。
その上で基本動作レベル、かつ詳細度を適度に保ちながら立てている。
まとめ
さて、今回はニーズについて解説した。
ここまで読んで「それって『目標』の話じゃない?」あるいは「『ニーズ』と『目標』って何が違うの?」と思われた理学療法士の皆さんもいるかもしれない。
ニーズと目標の違いについては目標設定のパートで解説しようと思う。是非お楽しみに。
実習生の頃から、主訴、HOPE、ニーズ、目標、など分かるようで分からない言葉をただただレポートのために無理矢理挙げていた。
臨床に出て、あるいは実習生を指導する立場になって、自分の中でしっかり整理する必要性を感じる羽目に…。
同じような思いをしいてる理学療法士さんにこの記事が少しでも役に立っていれば幸いである。
「評価」シリーズも当初予定していたより随分と長くなっているが最後までやりきります。
次回はいよいよ統合と解釈。是非お楽しみに。
ありがとうございました。
続きの記事→現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際4(統合と解釈)
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