こんばんは卵屋です。
評価シリーズ第6弾。
これまでの流れを振り返る。
これまでの記事はこちらからどうぞ。
現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際2(情報収集、検査測定、動作観察)
現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際5(課題・アプローチ点抽出、ICFについて)
今回は「目標設定」について解説する。
目標設定の概要
目標設定とはその名の通り「これから行う理学療法の目標を設定する過程」を指す。
これまでの評価で患者さんの身体の状態や求めていることなどがある程度把握できた。
その上で、「最終的に何を目標に理学療法を実施するのか」を決める工程だと言える。
一般的にイメージするリハビリの目標と言えば「筋力をつける」「歩けるようになる」「家に帰る」といったようなものだが、実はそこに至るまでにいくつかの過程を経ていることはあまり知られていない。
ではどのようにして目標が決まっていくのか?
ここには以前解説したニーズとホープというものが深く関わってくる。
(※ニーズとホープについてはこちら → 現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際3(ニーズ))
結論から言うと目標設定とはニーズとホープから導かれる「目指す活動」を具体化する作業である。
ニーズとホープ?
どういう手順を踏んで具体化?
以下に解説していく。
目標設定とニーズ・ホープの関係
理学療法士が考えたニーズと患者さんの希望するホープが以下のような例を考えてみる。
理学療法士「歩行の獲得が必要だ」(ニーズ)
患者さん「歩けるようになりたい」(ホープ)
理学療法士「歩行の獲得が必要だ」(ニーズ)
患者さん「料理が出来るようになりたい」(ホープ)
①の場合はニーズとホープが一致しているが、➁はニーズとホープが一致していないことが分かる。
また、①の例も一見言葉だけ聞くと一致しているように思えるが、もう少し詳細に評価をすすめると、
理学療法士「歩行の獲得が必要だ」(ニーズ)
患者さん「歩けるようになりたい」(ホープ)
↓
理学療法士「自宅内伝い歩きの獲得が必要だ」
患者さん「杖で買い物にいきたい」
このように同じ「歩行獲得」でもそのレベルが乖離することが往々にしてある。
これらは、言い換えると理学療法士と患者さんの「目指したい活動」に差があるということだ。
このまま理学療法をすすめていくと、どこかで意見や考えの相違が出てきてしまう。
引いては信頼関係に影響を与えかねない。
こういった場面は回復期病棟で働いているとときおり見かける場面で、「目標設定」がうまくいっていないときに起こりがちだと私は考えている。
では、ニーズとホープに違いがある場合どのようにして目標を決めていけばよいのだろうか。
目標設定の手順
目標設定は以下の3つの流れに沿って行う。
2.詳細度を整理する
3.折り合いをつける
階層を整理する
これまでの記事でも何度も触れたが理学療法の思考過程においては「階層性」を意識することが何よりも大事である。目標設定においても例外ではない。
理学療法士「歩行の獲得が必要だ」(ニーズ)
患者さん「歩けるようになりたい」(ホープ)
①の場合はニーズもホープも同じ階層のことについて言及している。
ICFで言うところの「活動」の階層、さらにその中の「基本動作」の階層である。
理学療法士「歩行の獲得が必要だ」(ニーズ)
患者さん「料理が出来るようになりたい」(ホープ)
では②の場合はどうか。
理学療法士は「基本動作」の階層についてニーズを立ててはいるが、患者さんは「IADL」について言及している。
以前の記事で使った階層の図をみてみる。
このように理学療法士と患者さんとが考える目指すべき・目指したい活動の階層がずれていることが分かる。
さて、これを持って理学療法士と患者さんとで目標に乖離があると言えるか。
厳密に言うとまだこの段階ではニーズとホープに乖離があるとは言えない。実は同じ方向を向いている可能性も大いにある。そこを整理するのが目標設定の役割の一つでもある。
こういう時は患者さんが「料理が出来ること」を希望しているという事実を知って、その下位の階層について整理していく。
具体的に言うと、
・「(入院前のように)キッチンに立って料理をすること」を想定しているのか、それとも
・「(車椅子に座った状態でもいいから)とにかく料理が出来ること」
を希望しているのか?
前者だった場合、IADLの階層では「料理の獲得」が希望だったが、基本動作の階層では「立位や歩行の獲得」が希望であることが分かる。
つまりこれはニーズとホープの階層がずれていただけで同じ階層では同じ方向を向いていたことになる。
一方、後者であった場合、ニーズとホープの階層もずれており、階層を揃えた上でも目指す活動の方向性が違うことになる。(開始時点で車椅子レベルを希望することはあまり考えにくいが…)
このようにまずは階層を揃えて目標を整理していくことが大切なのである。
(階層を揃えた上でなおニーズとホープに差がある場合については後述する。)
詳細度を整理する
1ステップ目で階層がそろうと、2ステップ目で詳細度について整理する。
詳細度とは各動作の実用度レベルのことである。
例えば歩行であれば「自立度」「環境」「補助具」「距離」といったもので、「手引き歩行で屋内を3m歩く」のと「杖歩行で屋外を500m歩く」のでは同じ「歩行獲得」でも難易度が大きく違うことが分かる。
これを患者さん側(ホープ)、理学療法士側(ニーズ)双方ともにどう考えているかを整理する。
患者さん側の詳細度把握は、関りの中で質問したり思いを推測したりすることで把握していく。
理学療法士側の詳細度把握は予後予測により行う。
主に入院前の生活や社会的な背景からとりあえず立てたニーズについて、これまでの評価で得た情報を基に詳細なレベルを予測していく(実際にはニーズを立てる段階である程度予後予測をしているためあまりに現実とかけ離れたニーズは立てないのだが)。
ここでのポイントは最低レベルと最高レベルを予測することである。
最低レベルを予測する目的は、ニーズとして立てたものが本当に獲得可能かどうかを判断するため。
ニーズの把握で「家に帰るためには歩行の獲得が必要だ」と考えたが、身体機能を評価した結果実際にそれが達成できそうなのかを判断するため。
最高レベルを予測する目的は、患者さんのホープとの乖離がどれだけあるかを測るため。
疾患情報や身体機能の評価から「うまくいけばこれくらい獲得できるかもしれない」という予後予測を行い、「〇〇くらい歩けるようになりたいんです」と希望する患者さんの訴えが現実的に達成できそうかを判断するため。
例を出して考えてみる。
といった具合で最低レベルと最高レベルを予測する。
ここまででニーズとホープの詳細度が出揃うといよいよ最後のステップに移る。
折り合いをつける
ニーズとホープの階層が揃い、それぞれの詳細度も把握できた。
最後にそれらを踏まえて実際に「目標」を立てていく。
以下が目標を立てる際のイメージ図である。
このように、ニーズとホープの階層を揃え、詳細度が分かるとその間のどこかで目標を立てる。
そして、そのどこに目標を置くかは、担当理学療法士の「理学療法士観」で決まる。
「ニーズ寄り」に目標を立てるのか、「ホープ寄り」に目標を立てるのか、ここまではロジカルに考えられてもこの先の判断に正解はない。
実際にはこの後患者さんと目標を共有する過程に進むのだが、一発目の「目標」として考えるレベルをどこに置くか、また目標の共有が難渋した際に最終的にどこに目標を置いて理学療法を展開するかは、担当する理学療法士の考え次第である。
「え?患者さんの希望が何よりも優先されるんじゃないの?」と思うかもしれないが、決してホープ寄りに立てることだけが正解とは言えない。
もちろんホープを把握することは大事だし、ホープを実現させてあげたいという思いはどの理学療法士も持っている。が、ホープだけを頼りに目標を立てることは、これまでの理学療法評価自体を否定することになる。
患者さんは当然ながら現実的に不可能なことも希望する。病気や怪我をして元通りになりたいと願うことは人間ならば当然のことで私が同じ立場でもそういう思いを持つ。
しかし残念ながら今の医学・医療でまかなえる範囲には限界があるのもまた事実。「患者さん主体」や「患者さんに寄り添う」ということがイコール「ホープをそのまま目標に設定すること」ではないと私は考えている。
一方で、ホープはそっちのけで理学療法士の考えるニーズのみで目標を立てることも、これまた「患者さん主体の理学療法」からは反する態度だ。
また、目標を高く持つことで最高予測到達レベルを越えて能力を獲得するケースも少なからず存在する。到達不可能とホープを早急に切り捨てることは決して患者さんと理学療法に対して真摯な態度とは言えない。
患者さんのホープは踏まえつつ、現実的に到達可能な動作レベルを見極め、覚悟を持って理想と現実の間を埋める、そんな重大な役割を我々は担っていると認識すべきなのである。
話がやや深くなったが、現実場面での目標設定についても触れておく。
現実場面で目標を設定する際には「困る例」と「困らない例」がある。
先に「困らない例」を図で示す。
このように、詳細度の把握で理学療法士側が予測した最低レベルと最高レベル内にホープが収まっているケースである。
ホープが現実的に目指せそうなレベルにあるのでそのままホープを目標にしても大きな問題はない。
このケースは目標がすんなり決まる。
一方以下のようなケース、
詳細度の最高予測よりも高いホープを患者さんが希望されているケース。
この場合にどのあたりに目標を置くかが最も難しいところである。
何度も言うが、そういう場合にニーズ寄りに目標を立てるのか、ホープ寄りに目標を立てるのかは担当する理学療法士次第で、正解はない。
皆さんはどうしていますか?
長期目標・短期目標
最後に長期目標と短期目標について解説する。
ここまでの過程は全て「長期目標」の話である。すなわち退院時の目標の話である。
これまでの過程で長期目標の到達レベルと達成期間を設定すると、臨床ではそこから逆算して短期目標を立てていく。
例えば長期目標が2カ月かけて「屋外杖歩行の獲得」であれば、
その2週間前には「病棟内杖歩行の自立」、
その2週間前には「病棟内歩行器歩行の自立」、
その2週間前には…
といった具合でおおよそ2週間スパンで立てていくことが多い。
そうすることで、初期から段階的に到達レベルの目安が設定できる。「遅れているな」とか「順調だな」とかが見て取れる。
正直このあたりは感覚的なもので「2週間」というスパンや、その到達レベルに何か根拠があるわけではない。経験則でやっているのが実情である…。
まとめ
今回は目標設定について解説した。
目標はニーズとホープから考えていくことの重要性と具体的な手順について述べた。
そして最終的には理学療法士次第であることも知って欲しい事実として述べた。
いくら科学が進歩して正しいとされる知識が増えていっても、理学療法というものは理学療法士によって差が出る、そういう学問だと私が考えている理由の一つ。
そこの根底には科学では規定できない人の価値観や思想といったものが、医療、引いては理学療法の一部を担っているからだと私は思っている。
次回は最終話。治療プログラムの立案について。
お楽しみに。
続きの記事→現役理学療法士が教える「評価」の流れと実際7(治療プログラム立案)
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